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2011年の記事は以下のとおりです。

取材空振り

 8/19~23の5日間、これまでの区間で抜け落ちている分と、延伸分の資料を集めるため現地取材に出かけてきましたが、生憎全日程通しての雨天。何とか捻出した数万円の旅費と休日を、全くの収穫無しで消化して帰ってきました。  天気のすることですから仕方がないとはいえ、いやむしろ、だからこそ気持ちの持って行き場所が無いというか、ぶっちゃけマジヘコミ。作業を進める気力も湧かずに悶々と過ごしておりました。  19日早朝に大阪を出発、豊橋から上諏訪直通519Mで飯田線をえっちらおっちら。佐久間で途中下車し、天竜川橋梁から旧線の痕跡を眺めつつ中部天竜の集落へ逆戻り。今回は取材のフットワークを強化すべく自転車を輪行してきましたので、佐久間ダム経由で大嵐駅までサイクリングです。 ファイル 68-1.jpg  佐久間ダムは建造から55年も経っていますが、155.5mの堤高は今でも国内第9位、当時では日本最大、世界でも第7位だった巨大ダムです。更に飯田線のうち18kmにも及ぶ区間の付け替えを要した発端ですから、一度見ておきたかったのです。  中部の集落からダムまではたった3kmくらいですが、実は体調の問題もあって自転車に乗るのは約2年ぶり。のっけから堤高分の標高差を稼ぐため延々と続く上り勾配は、出戻りには少々ハードでした。体力付けなきゃね。  佐久間ダムはその特徴でもある、上部に並ぶローラーゲートが巨大なためどこかアンバランスで、写真では全体の巨大さを感じにくいですね。ゲート横に立つエレベーター棟の窓間隔が一般のビルと同程度ですので、少しはその大きさを感じていただけますでしょうか。  コンクリの塊を堪能した後は天竜川右岸、つまり旧線の対岸を約30km走行して大嵐駅に到着。体力に余裕があれば温田あたりまでは飯田線に沿って走れそうでしたが、まぁ復帰第一弾としてはこのくらいが限界です。大人しく飯田線に揺られ、伊那市で下車。以前「巨大唐揚げ」を紹介した「みや川」で夕食を取って、この日の活動は終了です。  翌20日は予約していたレンタカーでの行動ですが、朝から完全に雨。本来は伊那大島~七久保の取材を予定したのですが、「いつか雨がやめば・・・」という希望に縋って、観光を兼ねた時間つぶしをすることになりました。 ファイル 68-2.jpg  伊那市から高遠を経て秋葉街道をひたすら南下、標高1000mの斜面に貼り付くように展開する下栗集落の「はんば亭」で昼食をとることに。コシの強い手打ち蕎麦の他に、飾らない地の料理が楽しめる「蕎麦定食」はどれも美味しくいただきましたが、惜しむらくは蕎麦がかなり小盛り。次の機会があれば盛り蕎麦単品で注文しましょうか。  下栗に着いたときは「雲の上」といった感じでしたが、食事をしている間に「雲の中」になってしまい、辺りは真っ白&霧雨に。おかげで風景の写真を撮る事はできませんでした。 ファイル 68-3.jpg  食後は林道の更に高所へ車を走らせ、しらびそ高原へ。雨が止む気配は感じられないので、なるべくお金をかけずに時間を潰せるところ・・・となると風呂。標高1912mに位置する「ハイランドしらびそ」のお風呂は温泉ではありませんが、湧き水を沸かしているとのこと。“ヌルヌル”とか“トロトロ”ではなく、“サラサラ”した独特のお湯で、“しっとり”と“サッパリ”という相反する浴後感を両立しています。宿泊施設ですが日帰り入浴も可能ですので、貸切状態でマッタリと。 ファイル 68-4.jpg  入浴後、相変わらずの霧雨で途方に暮れていたところ、なぜかこんな山の頂で酒井の5トン機を発見。しかも比較的状態の良い木造客車(といっても、2つの運材台車に箱を乗せただけの、いわゆる王滝タイプ)と、立派な材木を乗せた運材台車のフルセット。しかも運材台車なんて板バネの枕バネを装備した生意気なタイプ。事前情報はノーチェックでしたから、これは嬉しい誤算です。  説明の看板によれば遠山森林鉄道の物だそうで、実はこれまで存在すら知りませんでした。南信の森林鉄道=木曽谷しかイメージしていませんでしたし、どこの国鉄線とも接続されていない事も、知る機会が無かった一因でしょうか。  しかしこの静態保存、状態もさることながらロケーションが素晴らしく、今にも動き出しそうです。土木工事でこういう機関車を使う機会も無くなりましたし、立山砂防の機関車も新型に代替わり。そんな中、こんなに活き活きとしたプリムス・スタイルの機関車を今でも見る事が出来るのは素敵なことです。 ファイル 68-5.jpg  結局この日は日没まで雨のまま。七久保駅近くの道の駅「花の里いいじま」にて夕食。「馬肉蕎麦」なるものを食べてみましたが、これがなかなか絶品。肉は甘辛く下味が付けてあってクセも無いので、気軽に馬肉を食すにもってこいですね。この辺りはギリギリ関西文化圏なんですが、うどん・蕎麦のつゆは関東風。食文化は違うルーツがあるのか、調べてみたら面白いかもしれません。  晩はそのまま駐車場で車中泊。21日朝、とりあえずレンタカーを返却。当初の予定では自転車で駒ヶ根~沢渡周辺を1日かけて取材する予定でしたが、どうにもならない雨続き。この日の晩は松本市内にホテルを予約していましたので、取材は諦めて松本まで自転車で自走する事にしました。  伊那市から松本まで国道153→19号で、鉄道で言えば大八廻りの塩尻経由で、距離はだいたい60kmといったところ。出戻りの体力に加え、狭い路側帯、意外と多い交通量、そして雨天という悪条件のため速度はゆっくりめ。 ファイル 68-6.jpg  途中、雨脚が強くなってきたため、辰野と塩尻の境界にあたる矢彦神社で雨宿り。諏訪大社に次ぐ信濃国二之宮、そして上伊那地方の総鎮守とあって大変立派、貫禄たっぷりの神社です。面白いのが辰野側に矢彦神社、塩尻側に小野神社という、2つの神社が南北に隣接・・・というか、一つの境内に仲良く並んでいます。境界には塀も堀もありませんので別の神社だと気付かないほど。しかも小野神社の境内を含め周辺の行政区画は塩尻市に属しているのに対し、矢彦神社の境内だけは辰野町の飛び地というカオスっぷり。  本殿を写真に撮るのはあまり好きではありませんので、画像は矢彦神社の神楽殿と御柱。7年に一度の御柱祭は諏訪大社の翌年に行われています。 ファイル 68-7.jpg  大八廻りこと辰野支線がトンネルで抜けている善知鳥(うとう)峠を越えて塩尻の市街地へ。ちょうど現三州街道とされる国道153号の終点近くの「いずみ屋」さんで手打ち蕎麦の昼食としました。二段の盛り蕎麦は味もボリュームも十分。高い天井と太い梁が立派な店内も雰囲気満点で、大変ようございました。  ところで塩尻の地名は、太平洋側の三河・駿河から塩尻へ至る三州街道、秋葉街道、そして日本海側は糸魚川から塩尻へ至る千石街道、これらが塩を内陸へ輸送する「塩の道」であったことに由来します。塩の道の終点だから塩尻。鉄道で言えば前者は飯田線、後者は大糸線となり、今となっては何れも屈指のローカル線ですが、時代を遡れば国の生命線でもありました。上杉謙信が武田信玄に塩を送ったのも、大糸線経由で運んだと思えば感慨深いものです。 ファイル 68-8.jpg  無事に松本市内のホテルにチェックインし、体を休めた後は松本城周辺を散策したり、自転車屋を覗いてみたり。適当に時間を潰し、駅前のつけ蕎麦屋で夕食としました。関西では馴染みの薄いつけ蕎麦。歴史が浅い創作蕎麦のイメージもありますが、コレはコレでなかなか美味。正統派?の蕎麦続きでしたのでアクセントに良いですね。  22日も相変わらずの雨。ただし降ったり止んだりの微妙なお天気。本来なら既に取材を終え、黒部ダムでも見に行こうかと予定していたのですが、これまで何も出来ていませんのでキャンセル、天候の改善に期待して伊那谷へ戻る事にしました。  松本から塩尻は自転車で自走、塩尻からは嘘んこ快速「みすず」に乗車。昼過ぎに伊那市に着く頃には雨も上がり、路面も乾き始めている案配。この調子なら少しは取材もできそうです。  とりあえず沢渡駅の取材をしようと、伊那市駅前で自転車を組み立てて移動を開始しましたが、走行中にポツポツ・・・から土砂降りへ。沢渡に着いた時には駅舎も濡れてしまい、撮影できるコンディションではありませんでした。  23日まで休みを確保していましたが、諦めて1日早く帰ろうかな・・・と時刻表をめくってみると、ギリギリ当日中には帰ることが出来ないタイミング。なんだか今回はやることなすこと全てが裏目に出ている感じです。 ファイル 68-9.jpg  伊那市に戻り“飯島食堂”でマッタリ時刻表を眺めながら、久しぶりの巨大ソースカツ丼をいただきました。相変わらずデカくて美味いです。夕方からの営業は個室ですので、頭を捻るのにうってつけ。  もう1泊するにしても、列車の旅くらいは楽しんで帰らないとやってられませんので、上田で宿泊し、翌23日は長野から信越本線のお得列車「妙高」で直江津へ抜け、北陸本線では未だ健在な457系に揺られて帰阪しました。「蕎麦づくし」の〆として、長野駅と福井駅で駅蕎麦を食べたのですが、風味や食感の乏しいことに驚き。日頃それなりに美味いと思っていたのですが、ちゃんとした蕎麦を連続で食べた後では、その味気なさが顕著に感じられました。アレは何というか、「蕎麦のようなもの」ですね。まぁそんなに肥えた舌じゃありませんので、一週間もすれば普通に美味いと思えるようになりそうですが・・・。  というわけで、ほとんど蕎麦を食べに行っただけの5日間でした。これまでも草木が緑色をしている夏のうちに取材をし、翌年にかけてPC上での製作作業を進めるというスケジュールを取ってきましたが、ここに来て大ピンチ。  せめて暫定公開を予定している区間の不足だけでも補っておきたいところですが、もう一度訪問するにしても費用的に限界があるため、18きっぷ+漫画喫茶連泊+牛丼280円という強行軍になりそうです。いくら取材とはいえ侘びしいなぁ・・・。しかもこの週末は台風で潰れてしまい残り時間もありません。最終手段として平日にぶっちぎっちゃうのもアリですが、ちょっと片付けないといけない仕事が溜まっているので不透明。最悪の場合は暫定公開を1年遅らすかもしれません。

“tilt”値による鉛直配置

 従来のBVEでは、勾配中にストラクチャを水平(鉛直)配置するには、線路インデックス「-1」に対して配置するか、逆勾配を設定した他線に対して配置する必要があり、前者についてはheight値を相殺した「高さ」を設定するのが面倒、後者に至っては、そもそも他線を引くのが面倒・・・と、何かと手間のかかる仕様でした。  BVE5の構文では、ストラクチャを配置する際の引数が大幅に強化され、項目が増えたため一見複雑化したように見えますが、イレギュラーな配置に対しても簡単に、柔軟に対応できるようになりました。 ファイル 67-1.jpg  以前製作し、既に動画や画像にも度々登場している電信柱ですが、ご覧のように柱と電線を一体化させていますので、これまでは電柱を鉛直に配置することができませんでした。しかし、急勾配の道路から直角に生える電柱は、やはり不自然。かつ「目で勾配を感じられる風景」を作るという、このところの目標からすると邪道・・・、というか手抜き感が拭えません。ですので、電柱と電線を分離し、電柱のみを鉛直に配置するよう改良していきます。 ファイル 67-2.jpg  先日の自動車の画像とほぼ同じ位置ですが、今回の主役は道路に並んだ電信柱。微妙に左右へ傾けたものを混在させてるため分かりにくくなっていますが、鉄道の架線柱と比べると、平均して仰け反り気味、つまり道路に対して直角に立っているのが分かると思います。 ファイル 67-3.jpg  とりあえず、電線とセットになったストラクチャはそのままで、配置だけ鉛直に直してみます。公式ページの解説で「tilt」と表記されている値を、1から0へ打ち換えるだけ。  修正前後で、柱の傾きそのものは微妙な違いですが、階段状になった電線から、どれだけの「嘘」があったか分かりますね。静止画ですと「この程度いいんじゃない?」と思ってしまいそうですが、動画になると違和感は顕著になります。 ファイル 67-4.jpg  電柱のストラクチャから電線を削除しました。電線は別ファイルにコピペして、新規のストラクチャとしますが、実はそのままでは使えません。  今回の例では、高さ約9~10mの位置に複数の電線を配置していますが、この電線が高さが約0mになるよう、Y値から10引いています。つまり、そのまま配置すれば地面スレスレのところに電線が這うような感じ。 ファイル 67-5.jpg  説明が難しいので図解しますと、システムは原点(Y=0)を基準にしてストラクチャを傾斜させますので、高さ方向の値が大きくなればなるほど、Z位置があるべき場所からズレてしまいます。  対処法として、ストラクチャでは電線の高さを原点(Y=0)とし、配置する際に有るべき高さまでY位置を上げてやると、電柱との位置関係は「ほぼ」適当なところに収まってくれます。当然、最上段と最下段の電線では微妙にZ位置が違うことになりますが、数センチの誤差ですので、運転していて気になることは無いでしょう。 ファイル 67-6.jpg 電柱と同位置に、ただしY位置だけは10mプラスして電線ストラクチャを併記して完成です。最初の画像とほとんど変わらないように見えますが、電信柱が鉛直を基準に立つようになったため、自線が上り勾配にあることが感じやすくなりました。 ■おさらい  “tilt”値について、デフォルトの「1」では、対応するrailに対して直角にストラクチャを配置します。つまり、従来のBVEと同様の配置法。  「0」にすると鉛直に配置し、従来のrailインデックス「-1」への配置と似た感じになりますが、height値の影響は受けません。自線が勾配であるとき、建物類を配置するのに適しています。  「-1」では、勾配だけではなくカントにも沿うように配置されますので、Repeater構文で線路のストラクチャを並べるのに好都合です。

自動車ショー歌

 by小林旭 ←若い方はご存じないだろうなぁ・・・いや、私も現役で聴いた世代じゃありませんけど。  さて、列車交換の動画にコッソリ仕込んだ自動車ですが、思いのほか好評でしたので気を良くして・・・というのは冗談ですが、このところ自動車ばっかり作っております。もう電車そっちのけ。 ファイル 66-1.jpg  他列車の動かない従来のBVEでは、対向列車が置物にしかならないため違和感があり、複線の路線を作る気がしませんでした。ところがIM0.8で他列車が動くようになると、むしろ複線区間の方がエンターテイメント性ではアドバンテージとなり、極々希に列車交換があるだけの単線路線は、どうしても退屈な見た目になってしまいます。ならば、どうやってプレイヤーの目を楽しませるか? ・・・と、考え行き着いたのが自動車でした。  BVE5構文への置き換えと平行して、いくつかの道路に他列車構文による「動く自動車」を仕込んでみたところ、雰囲気は非常に良好。しかし、自動車のストラクチャが少ないため、同じ車が何度も現れると興醒めに。というわけで、急遽クルマの量産となりました。 ファイル 66-2.jpg  路線の時代設定に合わせ、80年代~90年代前半の車種をピックアップして作りました。テクスチャ画像は中古車屋の片隅に一桁万円で放置されているものなどを撮らせていただきました。  カローラIIは小沢健二のCM曲がまだ耳に残っていますが、アレは4代目の時だったかな? 実はカローラ一族ではなくコルサと同じプラットフォームで製造された「カローラの弟分」という設定。本当は赤いFFファミリアを作りたかったのですが、画像の種になる車体を見つけられませんでしたので、似たようなのを。ちょっと頂点数を削りすぎて再現が甘くなってしまったのが残念。基本的にこのあたりの車への愛が無いからだろうなぁ・・・。  タウンエースの初代はグリル周りのデザインが特徴的。こちらも限られた頂点数で「らしさ」を表現できたかどうか、いかがでしょうか。この手のクルマは水道屋とか電気屋のイメージ。自営業の強い味方です。 ファイル 66-3.jpg  続いて軽トラ2種。これまでの動画ではgaku氏のストラクチャを借りっぱなしでしたが、ようやく自作となりました。頂点数の削り具合と再現度のバランス、テクスチャの整合性など、これは実に良く出来たのではないかと自画自賛。  とにかく数を揃えたい今回の作品群では、タイヤ周りに透過テクスチャとcylinder構文を使用して省力化しています。タイヤを除いての頂点数が約120。テクスチャ画像は256ドット四方です。  このように形状の似ている車体を作るときは、まず1つ仕上げてから、次はそれをベースに調整して作り替えます。今回はキャリイを先に作りましたが、ハイゼットを作るときは、まずキャリイのテクスチャ画像の上に、位置を合わせてハイゼットの画像を並べ、「キャリイの形のハイゼット」を作ります。それからcsvを開いて、イメージの違うところの頂点を動かし調整して完了。イチから作り直すより短時間で量産できます。  日本車の悪いところですが、どのメーカーの車もクラスが同じなら似たようなカタチ。今回の例ではハイゼットのほうが少しキャブがスマートですが、素人目には最早「同じ車」です。 ファイル 66-4.jpg  一番大変だったのがサニトラ。丸味を帯びたボディを再現するため、他より複雑な面構成になりました。これでタイヤを除いて頂点250程度。荷台枠後部のわずかな垂れ下がりを省略したのはマズかったかな・・・ちょっとイメージが変わってしまったかもしれません。  実は私、クルマも大好き。鉄道とは甲乙付け難いところですが、旧車のレストアをするくらいにはクルマ好きです。クルマにゃ丸いライトにクロームメッキのバンパー、三角窓が付いてないと!という宗教に入っていますが、その点で見ると二代目サニトラは70年代初頭の登場から90年代まで、ほとんどそのままの姿で製造が続けられたのは凄いことです(80年代末にはマイナーチェンジで角目ライト、樹脂バンパーになりましたが、それでも同年代の他車と比べれば圧倒的にクラシカルなデザイン!)。  他にもパブリカやファミリアなど、大衆セダンには必ずと言っていいほどピックアップトラックが設定されていましたが、近年急激に姿を消していますね。やはり事業用と自家用の2台の車を持つ余裕が無かった時代の産物でしょうか。なんとなく建具屋とか工務店のイメージ。タウンエース同様、中小零細、自営業の強い味方でした。  動画の中で使ったアトレーとクラウンワゴン、あと日野レンジャーと合わせても、まだ8種。少なくともあと10種類くらいは欲しいところですが、1台作るのに2~3日かかっていますので、なかなか数が揃いません。名車と言われるようなネタ車も作ってみたいのですが、そういうのはアクセントにポツンと置くから面白いわけで、頻繁に出てくると嘘臭くなってしまいます。  そういう遊びを入れる下地を作るという意味でも、まずは時代に埋もれていった「大衆車」から、もっともっと作らなくてはなりませんね。 ファイル 66-5.jpg  田切駅の直前で、三州街道(国道153号)を飯田線がオーバークロスしますが、切り通しを抜けてから越すまでの数秒間、右に左に流れる車列を見ることが出来ます。20世紀の末から、既に飯田線は交通手段としては機能していませんから、代わりの受け皿となった国道の交通量は、地方とはいえナカナカのもの。電車を運転しながら、時代の流れによる虚しさを感じて頂ければと思います。 ファイル 66-6.jpg ▼ 画像をドラッグすると移動、クリックで拡大表示を終了します。 さらに先、伊那福岡の手前では、先ほどの国道と併走します。駒ヶ根方面へ走る車と併走するわけですが、25‰の勾配にも負けず、ようやくスピードが乗ってきたかな~、というところで制限40に引っかかる飯田線。ここでも現代の地方鉄道が抱える無力感を味わって頂けるのではないかと・・・。  「リニア計画に合わせて飯田線の高速化を」なんて論文を素人・玄人問わず、よく見かけるようになりましたが、どうひっくり返っても無理無理。新たに全く別の線路を引き直すくらいでないと、これといった効果はありません。 ファイル 66-7.jpg  併走していた国道は、伊那福岡駅のすぐ手前で飯田線をオーバーパスし、左側に移ります。現在は手前にバイパス道の分岐が出来たため、この陸橋の交通量は激減しましたが、95年当時は幹線道路ですのでひっきりなしに走って行きます。隣を走っていた車列が高度を上げ、そのまま頭上を越して行くのはなかなか感動的ですよ。  「動く自動車」の設定方法は基本的に列車と同じなのですが、田切の例など、ほぼ真横に横切る場合は試行錯誤が必要です。動画とセットで解説できれば・・・と思っていますが、今はとにかく作業を進めたいので、また後日にでも。

いよいよ内装工事へ

ファイル 65-1.jpg  ただでさえ暑い上に節電だ何だと厳しい日々が続いておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。こちらは日曜CG屋から日曜大工にクラスチェンジして、汗だくの屋外作業をしておりました。  運転台一式を囲う壁の部分を造っていたのですが、さすがにこういった作業を平日深夜にするわけにも行かず、昼間まとまった時間を確保できるときに、一気に進めました。角材、合板による骨格は完成しまして、これから内装のお化粧に移ろうというところです。  実車の詳細な図面がありませんので、各部寸法は写真を元に割り出したものですが、大きな誤差は無いと思われます。全体の寸法は横幅約1メートル、奥行き55センチ、高さ140センチ。キャスター付きですのでゴロゴロ転がして押し入れに収納できます。  室内に置いているとなかなかの威圧感ですが、チョットした鉄道模型のレイアウト(ジオラマ)と比較すれば、占有面積としてはたいしたこと無い・・・というか、まだ健全かもしれません。それでいて再現できる路線長は無限に等しいのですから素晴らしいものです。 ファイル 65-2.jpg  左側の壁面は、ちょうど乗務員室扉との境目くらいまでの寸法ですので、実物そのままのパーツ配置が可能になりました。警報持続ボタンは、形状からして富士電機の旧製品で間違いないと思うのですが、ボタンが白いものは入手できず、塗装しなくてはなりません。他に限流値切り替えスイッチ、パンタ上げボタン、連絡ブザーのボタンが付きますが、これらは形状のみのダミーで再現する予定です。  現在、実車の左壁面はワンマン化にあわせたEB装置搭載の改造時に、保安装置類の小箱が各種増設されて賑やかになっていますが、路線データに合わせ、比較的シンプルだった時代を想定しています。  中央のスイッチ箱は既に一部プラ板による化粧を始めています。パンタ下げボタンの周囲はすり鉢状に窪んでいるのですが、実はヤクルトの容器を切り出し、接着・整形したもの。冗談みたいな話ですが、使えるものは何でも使います。 ファイル 65-3.jpg  この角度で見るとよく分かりますが、119系の操作系は少し傾けて固定されています。おかげでデスク部分には相応の強度が必要になり、また形状もタダの四角では無いため造るのが少し面倒に・・・。なんせマスコンだけでも20kg超。しっかり補強を入れておかないと、後から板が反ってくるようでは困ります。  とはいえ組み付けたハンドルを握ってみると、非常にしっくり来る感覚。他の計器類や時計、時刻表灯なども理にかなった配置になっていることが、実物大で再現することで良く理解できました。最近では何でもヌルッとしたデザインにして「人間工学だ」なんて言ってますが、何のことはない、機械というものは昔から人の使いやすいように出来ているものです。  実車の右壁面(貫通路との仕切り)は、あと20センチほど手前まで伸びているのですが、これ以上延ばすと収納スペースに収まらなくなってしまうのでデフォルメしました。仕方がないことですが、無線機や放送装置を取り付けることが出来なくなってしまったのは残念。フェイクでも良いので、あのゴチャゴチャ感は造り込んでみたかったところです。  マスコンの接点については、抑速ノッチを使わなければ簡単に改造できそうなため、後回しにしました。そもそも飯田線で抑速がまともに機能しているのか、例えば制限40で30‰の下り勾配なんてシチュエーションで、発電ブレーキが有効に作用するとは思えないのですが、このあたりは次回の取材時によ~く観察してみます。  とりあえず、この調子でいけば来月中には塗装を終えて完成できそうな気がしてきました。構想から約一年半、いよいよでございます。

16ノッチブレーキ弁

ファイル 64-1.jpg  液晶メーターユニットが完成したので次はブレーキ弁を・・・と、随分前から製作にかかっていたのですが、チョチョイと出来る予定が思いのほか難産に。本日ようやく試運転ができる状態になりました。マスコンの接点はまだ加工していませんので、イメージで置いてあるだけ。次の課題です。  ハンドルと、ブレーキ弁のお頭は実物廃部品ですが、ハンドル守(お椀型の銀色の部分)は、想定している119系のME49とは形状・抜き取り位置が異なりますので、レプリカを造らなくてはなりません。しかし砲金の塊であるハンドルを軽くぶつけても耐える程度の強度は欲しいので、材質や工法を検討中です。  ハンドル軸は真鍮丸棒からの削り出し。ホントは鉄で造りたかったのですが、ウチの小さい工作機械ではイロイロ厳しいので妥協。 ファイル 64-2.jpg  ブレーキ弁の箱部分はタダの木箱です。形状がシンプルなため間延びして見えますから、それなりのディテール表現を施しました。  グレーの部分がデコボコして汚いのは、溶きパテを点描のように筆で盛りつけて、鋳物そのままの肌を表現しているため。なんでブレーキ弁ってあんなに適当な仕上げなんでしょう?  鉄板プレスのカバー部はプラ板からの切り出しです。右側から差し込めるようになっているネジ穴部のディテールもそのまま再現。これだけ表面の質感に差が付いていると、同一色で塗装してもそれなりにメリハリのある仕上がりになるはずです。 ■以下詳細:興味のある方/造ろうと思う方向け ファイル 64-3.jpg  裏側から見るとまんま木箱です。ウチの家族など「鳥の巣箱でも造ってるのん?」とか、んなアホな。必要以上に補強を入れてゴテゴテになっていますが、後述します振動でビビリを発しないよう、かなり強固に組んでいます。  ハンドメイドもろ出しのビジュアルですが、見かけによらずチョコチョコとアイデアを仕込んでおります。機能を大まかに書き出しますと、上からハンドル軸への抵抗付与、接点ユニット、振動発生器となります。  もしかしたら「造ってみようかな」という方がいらっしゃるかもしれませんので、長文になりますが、それぞれの機能について解説します。何か一つでもヒントになれば・・・。 ▼ハンドルには適度な金属的抵抗が欲しい ファイル 64-4.jpg  ブレーキハンドルを動かすときに、“ゴゴッ”とか“ズズ~ッ”というと大袈裟すぎるのですが、弁装置ならではの金属質な抵抗を感じたい・・・というわけで組み込んだのが画像のコロ装置。ベアリングのように軽く転がると都合が悪いので、鉄芯に真鍮パイプを被せただけのモノです。  鉄芯のバネ性でわずかなテンションをかけていますので、少しハンドル操作が重くなります。ちなみに鉄芯は中心で僅かに“くの字”に曲げてありますので、固定ネジを緩めて回転させることでテンションの強弱を調整できます。  プラ製品では本体重量の軽さや、素材の粘り・しなりもあって再現が難しい感覚です。 ▼接点部試作一号(没)  以前も書いたと思いますが、私は電子工作とかプログラミングはからきしダメで、せいぜい簡単な電“気”工作が関の山です。となると、回路部分はどこからか既製品を拝借してくるのが適当なのですが、当初検討していた「電車でGo!コントローラ」は64bit版のWindows7で「DGotoBVE」が動作しないという、まさかの展開で頓挫。次に目を付けたのがUSBキーボードの回路でした。 ファイル 64-5.jpg  作業中に撮影した動画から切り出した画像ですので不鮮明ですが、キーボードの回路から必要なキーのみ配線を引き出して使うことにしました。  扇形に配した接点はタダの銅板に見えますが、プリント基板用の両面生基盤から切り出したモノ。つまり、無垢の銅板に見えて、実は間に絶縁体がサンドイッチされており、裏と表は電気的に別体となっているわけです。この接点ををノコギリ状に傾斜させて並べ、表面同士を繋いで“.”キーへ、裏面同士を繋いで“,”キーの端子に接続し、ハンドル軸に設けた接点は共通のGNDに接続。これで反時計回りに廻せば“.......”、時計回りに廻せば“,,,,,,,”と入力され、ブレーキ動作を再現することができる・・・はずなのでした。  結果的には、まぁ理論上の間違いは無く、一応思った通りの動きはしてくれました。しかし、接点のバネ性に頼った構造のため、チャタリングを起こさないためには調整が非常にシビアであること、更にキーボード基盤の処理速度が追いついていないため、速く動かすとキーの取りこぼしが発生する(例えば、常用最大→一気に緩解で8回接点を叩いているはずなのに、B3あたりで止まってしまう・・・など)という根本的な問題が発生し、この案も没となってしまいました。 ▼というわけで、今度はゲームパッドだ  キーボードがダメなら、より高速な処理が要求されるはずのジョイスティックはどうだろうか? 処理速度云々の話になると、音ゲーや格闘ゲー、弾幕シューティングなどをプレイされる方の意見が参考になりそう・・・ということでアレコレ検索。 ファイル 64-6.jpg  そしてたどり着いたのが、バッファローの「どっかで見たことあるよなぁ・・・」というデザインの“レトロ調”ゲームパッド「BSGP801」。ネタ製品かと思いきや、取りこぼし無し、レスポンス良し、しかも安価であると非常に好評の様子。ボタン回路のGNDが共通になっているのも、流用しやすそうで好印象です。  横断歩道のペイントのように接点を並べたテスト板を作り、ブレーキ操作のスピードを想定して連打性能のテストをしたところ、8接点くらいなら問題なく反応してくれました。ここで欲が出て「これほどレスポンスが良いのなら、倍の16接点はどうだろう?」と試してみましたが、さすがに高速で連打すると取りこぼしが発生しました(BVE5ではブレーキ段数を自由に設定できます)。  そもそも大抵のゲームコントローラーは60fpsで描画されるゲームに合わせ、秒間60回の処理を前提に造られている物が多く、信号のON・OFF合わせて60回=秒間30連打が限界となります。計算しやすくするため15ノッチの回路と仮定すると、常用最大→一気に緩解で所要0.5秒より速く動かすと、取りこぼしが発生するわけですね。  で、8ノッチなら問題ないが16ノッチはチト怪しい。「ならばコントローラを2つ使えばいいじゃないか!」という安直な結論に至りました。 ファイル 64-7.jpg  接点構造は大幅に変更しました。試作一号は工法の公開を前提に「一般の中学・高校で習うレベルの工作で誰でも作れる」モノを目指し、極力簡単、シンプルに作りましたが、信頼性を得るには至りませんでした。新作はそれなりの設備や技術、精度追求の必要な部分が出来てしまったのが残念です。  接点はチャタリング防止のため、極力段差の無いプリント基板としました。ゲームパッドの基盤ごとに内外周2系統の接点群を設け、交互にそれぞれ8ノッチ、合わせて16ノッチです。  込め・緩めの回路切り替えは、接点ユニット内のスライドスイッチ(2つのコントローラを同時に切り替えるため2回路2接点)で行います。それまでと逆向きにハンドルを操作すると、初動数ミリでスイッチを切り替えてから、遅れて接点が動き出すという案配。つまり同じ接点を踏んでいるのに、右に回すとAボタン、左に回すとBボタン、となります。  ベースに貼り付けた扇形の黒い部分はマグネットシートで、接点ユニットは裏面に接着した鉄ワッシャーが磁力に引かれて貼り付くようになっています。これは接点の電気的密着性UP、後述する振動によるチャタリング・接点の微移動を防止する、スライドスイッチの切り替えに必要なフリクションを接点ユニットに与える、一石三鳥のスグレモノなのです。  非常ブレーキは別系統でボタンを直接押すように配置、また緩解側には万一入力を取りこぼした際にリセットできるよう、救済ボタン(,を3連打する設定)を設けています。  IM0.8の段階ではジョイスティック入力・キーアサインには対応していませんので、「JoyToKey」という、ジョイスティック入力をキー入力に変換するソフトを使わせて頂きました。MTCやTSマスコンのように、ソフト本体、またはドライバやOSの仕様に左右されず、キーボード互換で使えるのが良いところです。  逆説的に、片側の回路をオフにして8ノッチにしておけば、TSや電Goでも使用可能というわけですね(やらないけど)。図らずもPC版2ハンドルMTCの誕生です。  ※文中では便宜上「ノッチ」と表記していますが、「電車でGoコントローラ」のようなクリック感はありませんので、微調整が可能になった16段制御とあわせると、電磁直通ブレーキの操作感覚に近付いたと思います。  私の知る限り市販のコントローラーでは8段より細かな刻みのブレーキを有するモノはありませんので、試行錯誤した甲斐は十分にありました。 ▼振動発生器 ファイル 64-8.jpg  ドライブシムやフライトシムではFFBと連動して油圧で動く座席なんかも開発されているのですが、そこまでは無理としても、せめて振動くらいは感じたい・・・というわけで、用意したのはONKYOの加振器「DU2506E」。  スピーカの一種で、振動を発生させることに特化したモノです。主に映画館の振動する座席とか、ゲームセンターの筐体などに使われている物ですが、何年も前にドライブシム用のコクピットを造る際にまとめ買いした物が残っていましたので、引っ張り出してきました。当時どこかのサイトで1個数百円で買えたと記憶していますが、残念ながら今はメーカー卸のみ、法人向けにしか販売されていないようです。  今どうしても手に入れるなら、類似する物でゲーム用や車載用としてシステム化された製品がありますが、ビックリするほど高価なのがチョット・・・。  使い方はスピーカと同じですので、PCのサウンド出力のうち、センタースピーカのケーブルを分岐させ、ジャンクで買ってきたウーファーアンプで駆動させます。調整可能なローパスフィルタの付いているモノがオススメ。  油圧システムのように車体の動揺やGを体感することはできませんが、加減速時の電動機をはじめとした機器の呻りや、ジョイント音に同調した振動くらいなら感じることができます。同じモノをマスコンの取り付け基部、将来的には座席の座面にも組み込む予定です。 ■今のところ快調  まだ2時間くらいしか試運転できていませんが、駅間が短く曲線だらけの飯田線でも、今のところ問題なく動いています。次はマスコンを弄る予定ですが、こちらは段数も少なく、明確なノッチ刻み位置があるので比較的簡単・・・なはず。  ちゃっちゃと完成させないと、作業スペースや資材のおかげで、カニ歩きしないと部屋を横切ることが出来ない状態が続いています。全部組み付けて一体化してしまえば、押し入れにでも放り込んでおけるのですが・・・さて、どうなりますことやら。

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