たまには虫でも食べてみませんか?
決まった区間を同じ季節に何度も何度も取材していると、いくら素晴らしい沿線風景でも旅行気分は無くなり「出張」感覚になってしまいます。そうしたマンネリ化をいかに抑えるか?という話を作者同士でもよくしますが、やはり沿線の温泉と食事は外せません。特に食事は「この店の○○が美味い」といった隠れた名店から「この地域でしか食べられない」いわゆるご当地グルメもあり、一日中取材で歩き疲れた体には何とも食欲のそそられる話です。
ソースかつ丼やローメンといった伊那谷のご当地(B級)グルメはこれまでも触れましたが、今回はちょっと毛色の違う伊那谷を代表するご当地グルメ、その名も「昆虫食」をご紹介しましょう。
■イナゴ
まずは入門編、「イナゴ」の佃煮から。全国広く昔から食べられていたのでイナゴと呼べば食べ物っぽいですが、要するにバッタ。稲に付く害虫でもあることから水田のある地域で大量に駆除・捕獲されるわけですが、タンパク源に乏しい内陸部では割と普通に食されていました。私の住む大阪府下でも半世紀くらい前なら山間部の農村地帯で摂って食べたという話をよく聞きます。
山岳路線のイメージがある飯田線ですが、飯田以北は広い河岸段丘を活かした水田地帯をのんびり走るため、沿線では広範囲でイナゴを食すことができます。味付けは大抵が砂糖・醤油で佃煮にしたもの。自宅で調理される方からは素揚げが美味いという話も聞いたことがありますが、店頭で見たことはありません。
見た目と味はまんま小エビの佃煮。見ようによってはグロテスクかもしれませんが、エビだって「食べ物」だと認識しているから平気なだけで冷静に見るとなかなかグロいモノ。殻の食感、上アゴに刺さる脚の不快感もエビそのものです。味の癖も無いのでご飯のお供に、酒の肴に普通にアリです。
■蜂の子
少しハードルは上がりますが、こちらも比較的全国広い地域で食される蜂の子。蜂と言っても色々ありますが主にクロスズメバチの幼虫を佃煮にしていただきます。
クロスズメバチは地中に巣を作る土蜂なので、まず巣を探し出して狩る必要があります。その方法は成虫に綿を取り付けて追跡するという危険かつ原始的なもの。安全のために駆除したハチの巣から蜜を採るのとは事情が異なりますね。古くはやはり内陸部の貴重なタンパク源として、近代になってからは高級珍味として、また健康食品や精力剤といった側面もあり、ビジネスとして成立しているからこそ、手間と危険を冒してまで採る価値があるのでしょう。
見た目が蛆虫そのものなのがちょっとアレ…ですが、まぁサイズが10~15mm程度と小さく、味は少々癖のある煮豆といった感じなので比較的抵抗なく食べられるのではないかと思います。
余談ですが小鉢を平らげた後で周囲の人から「テンション高くない?」とか言われましたので、やはり元気になる効果があるのかもしれません。
■ざざむし
さてここからちょっとハードになりますよ、食感と見た目が。ザザムシというのは虫の名前ではなく、カワゲラやトビケラといった水生生物の幼虫を食用として調理した時の総称、言ってみればお料理の名前ですね。
このざざむしは昆虫食の中でも天竜川流域、その中でも伊那市周辺の極々限られた地域でしか食べることのできない、まさにご当地グルメ。
漁業としては「ざざ虫踏み」と呼ばれる手法で効率よく採られていますが、漁協で管理されており許可が必要です。水の綺麗な河原でしか採れないため、水質の変化や護岸工事の影響で取れ高は減少、土産店や居酒屋でも目にする機会が減っている貴重なもので、値段も高く「高級珍味」として扱われています。
成虫は細長い蛾といった風貌のトビケラですが、食べるのはその幼虫。河原の石をひっくり返すと細長く節のある芋虫状の幼虫が張り付いているとのこと。調理は相変わらず砂糖醤油の佃煮ですが(結局なんでも濃い味にしないと食えないんじゃないかという疑惑が…)、ジャリっとした硬い食感と独特の苦みがあり好き嫌いが分かれそうです。何かに例えるのは難しいですが、強いて言えば癖のある煮干しの甘露煮でしょうか?
■蚕蛾のサナギ
蚕蛾。おかいこ様。その成虫の風貌は愛らしく、繭からは美しい絹糸が紡がれる蚕ですが…なんだかんだ言っても「ガ」です。サナギは見た目まんま幼虫、それでもってサイズは小指ほどになるのでかなり迫力があって…グロい。国内昆虫食としてはラスボス級です。
蚕蛾というのは実は結構儚い生き物で、そもそもは生糸を採るため人の手によって生み出されました。成虫は羽も口も退化してしまい、たとえ野に放っても捕食されるか落ちて死ぬか、野生では生きることのできない品種なのです。
絹糸はこの蚕蛾が成虫になる前の段階、サナギが作った繭をサナギごと茹でてほぐれたところを紡ぎあわせて糸にするのですが、中のサナギは当然熱で死んでしまいます。この残ったサナギは大抵飼料として再利用されるのですが、伊那谷や群馬県の一部などで食用としたのがこのサナギです。
こうして書いてみると人間の業の深さというか、美と金を追求する裏にこんな犠牲があったのか…などと思ってしまいますが、見た目はともかくそういう悲しい生き物の命をありがたくいただきましょう。
グニッとした食感に微妙な粉っぽさ、何とも言えぬエグ味と匂い。正直なところ個人的にはさほど美味いとも思えず…、タンパク不足を補う補助食品的な立ち位置以上にはなれない気がします。そもそも養蚕が盛んだった時期は「廃品」としてサナギが大量に発生したので原価も安かったわけです。今となっては「高級珍味」といった肩書も見受けられますが実際の価格はかなり安く、そういう触れ込みにすることによってビジネスを維持している、とうのが実情ではないかと思います。
ちなみにサナギになってからの時期によって食感が違い、上記のものは時間の経った成虫に近いモノ、逆にサナギになりたてのものは比較的柔らかく、若干クリーミーな感じがします。
以上紹介しましたイナゴ・蜂の子・ざざむし・サナギ。日本全国探しても4種類もの昆虫を一度に味わえる地域は南信州の伊那谷だけなのです。道の駅の物産コーナーや駅前の土産物店はもちろんのこと、居酒屋、なんとそのへんのスーパーにすら昆虫食が売られていますので、飯田線で旅行された際は是非とも伊那市、駒ヶ根市あたりでお試しください。