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駒ヶ根は遠い・・・

 これまでの記事で小町屋、駒ヶ根両駅前の建物群は立体化したものを紹介済みですが、その間の数百メートルがなかなか埋まりません。手を付けて数ヶ月になりますが、建物を作り、草木を作り、配置しては修正を繰り返し、この頃チョットめげそうです。 ファイル 60-1.jpg  とはいえ、ようやくグリーンマットが見えない程度には密度が増し、あとは残りわずかの空白部を埋め、細かなアクセサリーを配置すれば完成というところまで漕ぎ着けました。  今回から草地に少し明るめの色彩を使うようにしてみました。彩度を落とした方が影の無いBVEの世界では違和感が出にくいのですが、初夏らしさが足りないように思えたので、ギリギリのラインを探っています。あまり鮮やかすぎると子どもの落書きみたいになりますし、落としどころが難しいですね。  また、各部の区切りがCG的なスパッとした直線にならぬよう、テクスチャ同士、ストラクチャ同士、それぞれ如何にシームレスに見せるかを突き詰めて作っています。  ファイル 60-2.jpg  低層の住宅地が続きますが、都市部に比べると建物も敷地もべらぼうに大きくて驚かされます。建物の数や位置、向きは概ね地図割り通り、外観も実物のイメージに近いストラクチャを選んでいます。建物類の約5割が汎用ストラクチャですが、同じものが頻繁に並ばないよう注意し、足りない場合は適宜追加製作して配置しています。 ファイル 60-3.jpg  今まで省略してきた小川を跨ぐ小さな鉄橋も、今回より再現しました。たかが5mそこそこのガーダー橋ですが、これを作るがために調整用の築堤や道床、その他諸々の地形パーツを用意する必要があり、何かと面倒。現状では宙ぶらりんになっていますが、コンクリートトラフを保持する鉄製の桁も作らなくてはなりませんね。  ここの問題は走行音。現行のシステムでは25m単位で走行音を切り替えるため、そのままでは使えません。バラスト線路と鉄橋部の音を切り接ぎした音源を用意するか、もしくは車内放送用の構文で擬似的に再現するか。BVE5の構文は、走行音も1m刻みで設定できるのでしょうか? いずれにせよ試行錯誤が必要ですね。 ファイル 60-4.jpg  最初の画像でもチラッと見えていましたが、駒ヶ根駅手前にある弁柄色の建物群がとても印象的です。これは「信濃鶴」を製造される造り酒屋“長生社”さん。飯島町の米で作る純米酒は、そのほとんどが駒ヶ根周辺で消費されているそうで、まさに地産地消のお酒。  で、その長生社の建物群。鉄道マニア的に気になって仕方がないのが、線路に面した倉庫。まるで貨物駅のような作りではありませんか。実は過去記事「駒ヶ根駅構内配線」で触れました旧貨物側線がどこまで伸びていたのかを調べていた時に辿り着いたのが、この長生社さんのブログでした。  それによると、引き込み線から貨物列車に製品を積み込み、全国に出荷できるよう、この立地に会社を建てられたとのことです。実際にあの側線が長生社まで伸びていたのかは裏を取っていないので何とも言えませんが、やけに余裕のある路盤、敷地境界は単線分としては不自然ですので、次回の取材時にでも、それらしい痕跡が無いか注意して観察してみます。小川のところに橋台でも埋もれていれば嬉しいのですが・・・? ファイル 60-5.jpg  できることなら長生社さんを訪問して、詳しいお話を聞かせていただきたいくらいなのですが、杜氏という忙しいお仕事の時間を割いていただくのは気が引けますし、それより何より、私は全くの下戸(というかアレルギー持ち)ですので話の御礼にお酒を買って帰ることも出来ません。  というわけですので、駒ヶ根に旅行へ行かれた皆様、よろしければ私の代わりに「信濃鶴」をお楽しみいただければ・・・と、勝手に宣伝させていただきます。まぁ酒を解さない私が言ってもアレなんですが、ブログを拝見していると酒造りへのストイックな姿勢に共感するやら、見習わされるやらで、これは美味しそうだなぁ・・・なんて思ってしまいます。  看板には「全国新酒鑑評会 五年連続金賞受賞」と書かれています。それがどういうものかは存じ上げませんが、一定以上の品質をコンスタントに保つというのは、なかなか出来ることではありません。  件のブログはリンクして良いものか分かりませんでしたので、興味のある方はブランド名、社名などで検索して下さい。なかなか興味深い内容に加えて文章がお上手で、お酒の飲めない私ですら長々と読んでしまいました。是非に。

配水塔萌え

 近年多様化する“萌え”の文化ですが、「配水塔萌え」という勢力が、地味ながら勢力を拡げつつあります。配水塔という言葉はあまり馴染みが無いかもしれませんが、一般に給水塔、水タンクなどと呼ばれている物です。厳密には機関区や団地などの給水塔と違い、広範囲に水を届ける施設を配水塔と呼び、主に公共上水道の水源に設置されています。  有名どころでは、王冠のような意匠と連絡橋が印象的な駒沢配水塔(大正13 東京)、ドーム屋根とアーチ型の採光窓が優美な野方配水塔(昭和5年 東京)、ギリシャ神殿のような列柱が見事な船橋高架水槽(昭和10年代? 千葉)などなど・・・、巨大建造物としての魅力はもとより、歴史的価値からも一見の価値アリです。他にも全国に散在していますので、興味のある方は検索して訪ねてみてください。 ファイル 55-1.jpg  さて前置きが長くなりました。先日アップした駒ヶ根駅構内の画像ですが、まだまだ足りない「駒ヶ根臭」。もっと駒ヶ根らしさを演出する何かがあるはず・・・と探したところ、ありました。構内ではなく、駅の北外れにある配水塔です。  とりあえず駒ヶ根まで運転できるように風景を付ける・・・ということは、駒ヶ根駅の停止位置から見える範囲も含めて再現しなくてはなりません。車窓から見てもホームから見ても、圧倒的な存在感を放っているこの施設を作らないわけにはいきません。 ファイル 55-2.jpg  「赤穂上水道駅北配水場」は、昭和50年代の建造とあって、先の例にあげたような歴史的価値が付加されるほどの年月は経ていませんが、なんとも味のある昭和建築。カッコイイと言えなくもないけれど、どこか間抜けな三枚目。強いて言えばダサカッコイイ。個人的な印象はなぜか「ハクション大魔王」。形状が壺モード、配色が魔王モード。呼ばれて飛び出る水道水? ファイル 55-3.jpg  テクスチャを貼る前の状態だとこんなにカッコイイのに・・・。野暮ったく見える原因は配色と窓配置なのかな。とはいえ、あの「味」は捨てがたい。  水源は導水ではなく直下70mの深井戸からポンプで汲み上げとのこと。意匠はともかく構造的には全国よくあるタイプで、外観から察するに下部が主水槽、上部が遠方・高地用の副水槽。タンクを高所に設けた方が高い水圧が得られるため、遠くまで配水できるわけですね。  ちなみに現代の上水道ではポンプで加圧して配水する方式が主流になっているため、こうした配水塔は順次解体され、数を減らしています。 ファイル 55-4.jpg ▼ 画像をドラッグすると移動、クリックで拡大表示を終了します。 所定の位置にポンと置きまして、ようやく駒ヶ根らしさが出てきました。実際には小町屋のあたりから既に見えているのですが、BVE上では描画距離を相当伸ばさなくてはなりません。BVE5では数キロ先(最大10キロ)まで描画できますが、今度はPCの処理が追いつきそうにありません。まぁ、将来的には・・・ですね。

まもなく、駒ヶ根です

ファイル 46-1.jpg  小町屋を出ると駒ヶ根手前までほぼ一直線・・・ですが、まずは小町屋周辺から。前回掲載の画像から更に駒ヶ根寄りの、市民体育館周辺です。周辺の建物を作り、その先の市民グラウンドまで大まかに出来ました。テクスチャ材料が不足しているので、まだまだ中途半端。今回は遠景のみに留めておきます。  グラウンドのネットをどう表現しようか以前から悩んでいたのですが、PNG画像をグラデーション状に透過させることで、それらしく再現することができました。  信号機の光が2つ見えていますが、手前が遠方信号機、その向こうが場内信号機ですから、駒ヶ根駅は目前です。 ファイル 46-2.jpg  その駒ヶ根駅直前の場内信号機を走行中の車内から撮影したものですが、強い朝日を受けて白飛びしたものしかありませんでスミマセン。  ここまで来るとコンクリート製のビル建築が姿を現し、明らかにこれまでより規模の大きな街であることが伺えます。しばらく森や林の中ばかり走ってきた飯田線ですが、田園風景と幾つかの集落を経て、ここでようやく一区切りといった感じですね。 ファイル 46-3.jpg  画角や時代設定の違い、BVE上の表現の限界もあって全く同じとは行きませんが、できるだけ忠実に立体化した駒ヶ根直前です。OpenBVEのViewerが意図しない方向から光線をあてて勝手な陰影を作っていますので立体感に不満がありますが、後日BVE5に合わせて再調整します。  余談になりますが、同一のストラクチャを各所で使いまわすBVEデータでは、光源が絶対位置に固定されるBVE4以降は非常に厄介。自線に対して一定の角度で光源が追従するBVE2のシステムが、現実的ではないにせよ、使いやすくて良かったなぁ・・・と思います。BVE5の開発がひと段落したら提案してみたい次第。  この画像では見切れていますが、線路の右側は旧伊那電支社ビルが無くなり、JA駒ヶ根のホールが立て替えられ、周辺の姿を大きく変えていますが、それに対して左側の商店街は、15年前と比べてもさほど大きな変化は無さそうです。 ファイル 46-4.jpg  その商店街ですが、カーブ外側で運転台からよく見える場所であり、また場内注意で減速して走行する場合は視界に留まる時間が長いため、特に念入りに立体化。地元の方にしか分からないでしょうが、ご存知の方にはニヤニヤしていただけるかと思います。  このブロックは二階建てで統一されているにもかかわらず、その建築様式や形状はバラバラ。しかも歪な土地形状ににあわせて建てているため、角が直角でなかったり、上から見ると階段状の複雑な面構成になっていたり、とにかく全てが不揃いです。しかし、新興住宅地や再開発地区のビル街を除けば、これがいかにも日本らしい街並みなのでしょう。  箱のような建物を数パターン立体化して並べただけでは、どうしても画一的な街並みになってしまうわけでして、汎用品で自然に見せるには・・・数十パターンは欲しいところです。 ファイル 46-5.jpg だからといって汎用ストラクチャを使わずに全てを立体化するのは大変なのですが、意外と楽な面もあります。汎用ストラクチャを作る時は、自線の左右どちらにも配置できるよう、また回転させて使うことも考慮して、「どの角度から見ても破綻しない」ように作る必要があり、また線路際に配置するとアップで見ることになるため、必要以上に精密な作りにしなくてはなりません。しかも柵や塀、手前の建物などで隠れて見えない部分は、他の素材を持ってきてそれらしく補完する必要があります。  その点、専用品と割り切って立体化するならば、見えない角度は作らなくても良いし、障害物で隠れる部分の修正も、実際の風景と同様、手前に障害物を置いてしまえば最小限で済みます。それに、どのみち苦労するのなら、実際の風景を忠実に再現できたほうが、完成後の充実感もありますね。  テクスチャ枚数がどんどん増えていきますので、メモリ使用量の観点からは不安がありますが、とりあえずOSを64bit化することで乗り切ることにしました。32bit対応版はテクスチャ画像を縮小するか、路線を分割するか、まぁ質を落とせば何とでもなるでしょう。  市民グラウンドから商店街手前の保健センター(画像左端のビル)までの約300メートルは、まだ汎用ストラクチャを仮置きしただけの状態で、2つの駅前が繋がるにはもう少し時間が必要です。  ちょうどこの位置には、三州街道とバイパス道を連結する立派な道路が新設され、市役所、グランド、体育館、武道館といった諸施設の真ん中を貫き、飯田線との交差も踏み切りを廃してアンダーパスするようになりました。  敷設に際して古くからあった農地や民家もいくつか立ち退かせ、現在の道路沿いはちょっとした新興住宅地のようになっています。市役所を中心に街を再構築しようという駒ヶ根市の意気込みが感じられますが、おかげで古い景色を再現しようとしている私としては、周辺の景色が一変してしまい困ったものです。  あまり鮮明ではない古い前面展望ビデオと航空写真から情報を読み取ろうとしていますが、今もあるものをそのまま再現するより、何倍も時間がかかってしまいます。線路の右側に展開する農地も新たな表現を盛り込みたく試行錯誤していますので、完成と言えるのはまだまだ先ですね。

東へ西へ

ファイル 9-1.jpg  前回「駒ヶ根まで線路を引いた」と書きましたが、大まかな形状でホームを配置し、いくつかの専用ストラクチャも製作しました。119系電車が停車中の3 番線は本来カーブしているのですが、それを再現するには手前から2つめの分岐器を両開きにしなければなりません。ストラクチャが完成したらホームの形状も改めることにします。右側に展開する電留線、材料線の再現もその時に。解体された木造上屋は伊那市駅の上りホームにほとんど同じ構造の物が現存しているので、そちらを参考&テクスチャ材料にする予定です。  手前右手のプレハブ建物はJA(農協)の施設の一部と思われますが、形状が印象的かつ同じ物が複数並んでいますので専用ストラクチャで再現しました。正面前方の商店は停車中は視野に入りっぱなしになるため、実物の写真よりテクスチャを起こして専用品にしています。このあたりは他にも必要な専用ストラクチャが多数有り、駒ヶ根周辺の完成にはかなりの時間がかかりそうです  ここで少し閑話休題。たかだか運転シミュレータの路線データにドラマだ、物語だ、なんて言うと少し大袈裟かもしれませんが、そういった「流れ」のようなものを演出できたらなぁ・・・、とは常に思っています。飯田線は南部の急峻な山岳鉄道、北部はアルプスの麓をゆったり走る高原鉄道という二つの顔を持っていますが、七久保駅周辺は後者のクライマックスのひとつと言っても過言では無いでしょう。七“久保”(転じて窪)なんて地名とは裏腹に、七久保駅は前後を 25‰の急勾配で挟まれた高地の駅。モーター音も高らかに勾配を上り詰め、油槽所と交換設備のある主要駅から前方に望むは雄大な中央アルプス、なかなかドラマチックな展開ではないですか。  gaku氏制作のBVE飯田線はこの七久保から鉄道ファンなら外すことの出来ない二つのΩカーブを超え、伊那から果ては辰野、そして中央線の岡谷まで到達するという、遠大ながらもツボを押さえた素晴らしい作品です。ただ、大変不躾ながらも惜しまれるのは、クライマックスたる七久保へ至る過程が存在しないため、高原列車としての表情やワクワク感が足りないようにも感じるのです。 ファイル 9-2.jpg  というわけで路線データに話を戻しまして、気まぐれで2つ手前の大沢信号場→高遠原→七久保間を逆延伸しました。線路まわりはほぼ完成し、山林や田畑といった大まかな風景も付けました。実のところ、この区間は建物も少なく、ほとんど手持ちのストラクチャのみで再現可能だったというのも延伸に手を付けた理由のひとつです。  まだグリーンマット状態のところもありますが、このあたりは果樹園が多く、そのストラクチャが未完成のため空白になっています。初夏になったら林檎の木を探して写真を撮らなくてはなりません。また実際の景色もグリーンマット(田畑ではなくただの荒れ地とか)な部分がありますが、いわゆるグリーンマットではなく、荒れた緑地をどうやってリアルに表現するかが難しいところです。もうひとつ、この信号場の複線間隔は実際かなり広いのですが、それにしても現状のデータは広すぎですね。これは分岐器に8番を使っているためで、10番のストラクチャが完成したら置き換えて間隔も詰めます。  また話が少し脱線しますが、大沢信号場は1966年に輸送力増強のために列車交換を目的として新設されましたが、周辺で交換可能な駅は辰野方の次々駅が七久保、そして豊橋方も次々駅で上片桐。つまりたった4駅間、停車時間も含めた所要時間にして10分弱の区間の列車密度を上げるために建設されたわけです。諸行無常とはよく言ったものですが、飯田線の現状からすれば考えられない当時の盛況っぷりに驚きを禁じ得ません。 ファイル 9-3.jpg  七久保のひとつ手前の高遠原駅はホーム、待合室、トイレを作りましたので、現状でも割と見れるレベルになっています。ただし、95年当時の待合室は改装前で窓配置や窓枠形状に差異があるので、テクスチャを加工しなくてはなりません。  この高遠原駅、県道から折れて細い農道のような道を降りていくと突き当たりに現れるのですが、車を切り返すスペースが駅前に無く、途中までバックで戻るハメになりました。ほとんど歩行者専用の駅なのですね。少し歩くと県道沿いの集落に出るので所謂「秘境駅」ではありませんが、逆にそのような悪くはない立地なのに人々から忘れ去られたような不思議な駅です。  右手は既に撤去されている作業側線。ちゃんと再現するなら乗越え分岐器のストラクチャを作らなくてはなりません。さらにその右手はこちらも再現に困るリアルグリーンマット。伊那電開業時は栄えたといわれる高遠原ですが、このあたりの荒れ地に駅前商店街が存在したのでしょうか? まとまった時間が取れたら周辺の図書館を巡って郷土史でも読んでみたいものです。 ファイル 9-4.jpg  この区間の再現で一番手間がかかるのは七久保駅です。というのも、元々停止位置よりも後方は一切作っていませんので、油槽所はおろか駅舎すらありません。また飯島同様、豊橋方に構内踏切のあるタイプのホームですからチョット面倒ですね。  そしてその油槽所。貨物廃止後の早い時期に解体されて資料が少なく、再現に手こずりそうです。今は大まかな寸法の土台部分と、cylinder構文で簡単に作ったタンクを並べて、各施設の配置やサイズを検討しているところです。当時の施設配置略図や前面展望ビデオのジョイント音から割り出した敷地の長さ、現在の地図上の空白地帯のサイズなどを加味してだいたいのサイズを割り出していきますが、最終的には実際に配置してみて違和感が無いことが重要です。  テクスチャの材料についても手持ちで使えそうなものがありませんので、コンビナートなどで似た雰囲気のモノを写真に納めて来なくては・・・。  逆延伸は辰野か岡谷まで完成してから・・と思っていたのですが、イキナリ気まぐれでやってしまいました。しかし七久保へ駆け上る高揚感も感じられるようになりましたし、大沢での列車交換を待って再出発・・・というキリの良さも適当かと思います。辰野方は現在工事中の駒ヶ根を一応の区切りとして、大沢~駒ヶ根を完成させて第一期版の配布にしたいと思います(ただし、BVE5の機能が最低限出そろってから&そこそこマトモな車両データを自作で完成させるか、どなたかに作っていただくか・・・、この二点が解決してからですが)。  運用、イメージの両方から考えて駒ヶ根から先でキリの良い駅となると伊那市までありませんし、逆に豊橋方は上片桐や伊那大島、元善光寺も大きな駅ですが路線データの起点としては役者不足で、結局飯田までは適切な駅が無いかと思われます。いずれも現在できている区間からは駅数も多く、第二期版の完成までは更に年単位の時間がかかることでしょう。

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