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ありがとう、飯島食堂

20150117221815.jpg 例によって遅くなりましたが、皆様あけましておめでとうございます。イベント関係以外の更新をほとんどしなくなった当ブログですが、今年も細く長くお付き合い下さればと思います。 

 2015年の正月は関西でもまさかの大雪に見舞われましたが、そんな中車を走らせて伊那市へ行ってまいりました。元々予定していたスケジュールでは無かったのですが、伊那市で度々お世話になっている「飯島食堂」が閉店すると聞いて、食べ納めに行くことになりました。

 その名前から勘違いされることも多いのですが、飯島駅の駅前にある飯島食堂(実在)ではなく、伊那市駅と伊那北駅の中間地点にある中華料理店の話。さらに問題をややこしくしているのは、本来の屋号は「飯島」もしくは「中華料理 飯島」、でもなぜか誰もが飯島食堂と呼びます。ご本家?には申し訳ない話ですが、私も飯島食堂と聞けば伊那市の飯島食堂を思い浮かべるのです。 

20150117221816.jpg 取材で伊那を訪れる度に寄っていると言っても過言ではない飯島食堂。中華料理店と紹介しておきながら注文するのは決まって伊那名物のソースカツ丼。当ブログや動画でも度々扱っているアレです。このフタの閉まっていないカツ二段重ねの超盛りがデフォルト、おそらくカツだけで300~350グラム、汁物・香物が付いてお値段1100円はむしろ安い。 

20150117221817.jpg 噂話ではありますが、昔はもっと盛りが少なく値段も安かったのが、ご主人のサービス精神でジワジワと盛りが大きくなり、それではお店の経営が…と奥様がチョイ値上げ。それは申し訳ないとご主人が更に盛りを大きく…のループで今の超盛りになってしまったとか。

 なんとも心あたたまるような、笑ってしまうような、そんな歴史のソースカツ丼も残念ながら食べ納め。いよいよもって経営が厳しくなってきたのか!?という話ではなく、現在3代目のご主人も御年71歳。後継者不在のため市内外のファンから惜しまれつつ閉店を決意されたとのことです。 

20150117221818.jpg フタが閉まってないんだからフタ要らないじゃないか!なんて言われそうですが、このフタが重要。皿のように置いたフタに、二段のカツの上の段を移してから食べるのがココのお作法。そうしないとキャベツやご飯にアプローチすることが出来ないのです。

 500円玉硬貨の直径は26.5mmなので、カツの厚みは実に3cm以上。写真だと全体のスケールが掴みにくくて小さく見えてしまいますが、実際この厚みのカツにはなかなかお目にかかれません。 

20150117221819.jpg これだけの厚みがありながら肉の中まで程よく火が通っていて、衣はギトギトすることなくサクサクの揚がり具合。ソースは甘口のウスターをたっぷりくぐらせて…これが全然クドくなくて黙々と食べ進めてしまうのが不思議なところ。

 普通ならカツが先になくなるのが勿体無くてチビチビと食べるところですが、むしろご飯が足りないくらいの圧倒的ボリューム。男性でも一杯で確実に満腹、並みの女性なら完食は苦しいかもしれません。 

20150117221820.jpg たらふく食べて帰り際、これで最後ということでご主人にご挨拶させていただきました。なんと104年も続いたお店をこれまで守ってこられた3代目の飯島敏道さん、なので伊那市だけど飯島食堂。写真をお願いすると実によい笑顔で並んでくださいました。

 お二人ともまだまだお元気そうで、出来ることならもう少しお店を続けていただきたい…なんて思いましたが、ふと手前を見ると大量に積み上げられた揚げる前の肉塊。「縮む前はこんなに大きいの!?」と驚くと同時に、これを休みなく揚げ続けるのは体力的にキツそうだ…と納得してしまいました。惜しいけれどこれで本当に食べ納め。今まで美味しいお料理をありがとうございました。

  とはいえ飯島食堂の店仕舞いは1月末。まだまだ半月ほどありますので気になっていた方、もう一度食べておきたい方は今月中に足を運んでその味を堪能して下さい。本来の中華料理もこれまで何品かいただきましたが、こっちも美味い。残り少ない期間ではありますが、できればソースカツ丼と中華料理、2回は行ってそれぞれ味わっていただきたいと思います。

 

 ではでは、長くなりましたが。「飯島食堂さん、ごちそうさまでした!」

入舟トワイライトゾーン

 飯田線には8月の半ばに乗ったばかりですが、先日東京で開催されたBVEオフ会に参加したついでにまたもや乗車。沿線で一泊して伊那市~伊那北を重点的に取材してきましたが、中でも中間地点の入舟はなかなか興味をそそられる地域でした。

■入舟すてーしょん
ファイル 86-1.jpg  伊那市駅と伊那北駅の間を流れる小沢川が天竜川に合流するあたりの地域を入舟と呼び、その名の通りかつては天竜川の船着き場として栄えた街です。舟の時代から鉄道の時代に移ろってからも入舟の繁栄は続き、沿線随一の建築物密集地帯に。飲み屋街が線路ギリギリまで迫り出す様から「路地裏電車」などと呼ばれるほどになりました。

ファイル 86-2.jpg  現在は踏切名に名残を留めるだけですが、伊那電時代はここに「入舟駅」がありました。戦時中の国有化に伴い廃駅となりましたが、70年近く経った今でもプラットホームの遺構が残されています。
 しかし現在の伊那市~伊那北間ですら駅間距離はわずか900m。かつてはその間にもう一駅あったとは驚きです。そうした駅過密状態も廃止の大きな理由でしょうが、戦時下としては周囲が歓楽街であった事の方が問題だったのかもしれませんね。


■デタラメな縦曲線
ファイル 86-3.jpg  入舟踏切の手前、伊那市寄りには小沢川の堤防を越えるための急勾配がありますが、ここの線形は常識で考えると随分と無茶苦茶です。
 小沢川にかかる橋は水平、そこから33.0‰で下りますが、普通鉄道構造規則の通りに計算すると、少なくとも100m程の縦曲線長が必要になります。しかし写真から読み取る限りせいぜい20mほど。まるでプラレールの勾配レールのようにグンニャリと曲がっています・・・。
 さらに勾配を下りきった踏切手前の縦曲線がヤバイ。まるでBVE2時代のストラクチャよろしく、線路がカクッと折れ曲がっているではありませんか。

ファイル 86-4.jpg  線路図や標識によると33.0‰から4.5‰への切り替えですので、勾配差は28.5‰と少しはマシですが・・・どう見ても5mに満たない縦曲線長。特に速度制限が設けられているわけでも無く、こんな線路に20m級電車を走らせて大丈夫なの!? なんて思ってしまいます。
 余りに異様なのでもう少し冷静に、逆方向の伊那北側から少し離れて観察してみるとカラクリが見えてきます。

ファイル 86-5.jpg  なんと踏切の前後に勾配が分割されているというオチ。本当は根本的に線形を改良したいのだけど踏切があるためどうにも出来ない・・・といったところでしょうか。
 まぁ五分五分に分割したところで、本来はそれぞれ40mほどの縦曲線が必要になりますから規格外もいいところ。甲乙丙の更に下、飯田線が特殊と言われるのも頷けます。
 実質二つの勾配が連続してあるわけですが、資料でも標識でも一つとして扱われています。これが混乱する一因でもあるのですが、いい加減というか何というか、現地を見ないことには理解できない事が時々ありますね。

ファイル 86-6.jpg  BVE5のお陰でこうした変則的な線形も再現できるようになりましたので、早速データに反映してみました。運転台からの視点では分かりにくい勾配ですが挙動の異常さは明確に現れますから、BVE5.3で搭載された「運転士の頭の揺れ」を効かせていると“グラッ”とした大きな揺れを疑似体験できます。


■やきとりオリンピック
 電車を撮るでも無く線路際でカメラをポチポチやっているのは不思議なもんでしょう、取材中に声を掛けられることが幾度となくあります。
 時には好意的に、時には怪訝な感じで「何を撮ってるの?」と訪ねられますが、たいてい「飯田線の線路から見える風景を全て撮り歩いている」「模型の製作や絵を描く資料として」といった具合に答えています。厳密に言えば事実と異なりますが、ご年配かつ専門外の方を相手にCGがどうの、シミュレータがどうのというのは理解されにくく無駄に話が長くなるだけ。嘘にならない程度に置き換えて話した方が丸く収まるというものです。もちろん隠すような話でもありませんので、先方が話に乗ってこられた時は「最終的にはコンピュータ上で立体化してですね・・・」といった流れで詳しく説明させていただくこともあります。
 意外に思われるかもしれませんが、これまでお叱りを受けたり邪険にされたことはありません。中には気の遠くなる話に呆れ返る方もいらっしゃいますが、概ね沿線の皆様には良くしていただいています。

ファイル 86-7.jpg  この日、入舟踏切の近くで声を掛けて来られたのは一人の老婦人。幸い今回も好意的な印象で、線路沿いを撮り歩いている由を説明すると「ウチも線路のすぐ横なんだよ、もう撮ったかな? 今帰るとこだし付いといでよ!」てな具合でお誘いを受けまして、突然お宅にお邪魔することに。旧入舟駅から徒歩0分。外見はタダの民家ですが、一歩足を踏み入れると小さなカウンターに小さなテーブルが2つ、そしてこれまた小さな小上がりがあってまるで居酒屋のよう。なんでも数年前まで焼き鳥屋を営んでらしたそうです。
 「にーちゃんお昼食べた?」昼食は抜いてしまおうと思っていたのですが、いなり寿司に秋刀魚の南蛮漬け、冷たいお茶まであれよあれよという間に出していただいて、有り難くご一緒させていただくことに。

ファイル 86-8.jpg  食べながら元店内を眺めていると、ホント窓のすぐ外に飯田線。ちょうど電車が通過して行きますが、余りに近すぎて213系の台車しか見えません。少し五月蠅いけど「時報だねぇ」と笑い合う穏やかなひととき。しかし貨物が走っていた時代はさぞかし・・・なんて、話題は絶えません。
 写真と見紛うほど良く出来た布貼り絵をはじめ、あちこちに「オリンピック」の文字が目に付き何かと思えば、当時の屋号がオリンピック。長野の?と思ったら、戦争突入で幻に終わった昭和15年の東京オリンピックに肖ってのことだと仰る。戦前はレストランとして、焼き鳥屋は昭和30年からとお聞きし、歴史の深さに驚きっぱなし。戦前から三四半世紀、ずっとこの場所で商いを続けて来られたのですね。
 小さな電車がトコトコ走っていた伊那電時代、大勢の男子学生を兵隊として入舟駅から送り出したこと、自らも学徒動員で陸軍の伊那飛行場(戦争末期、空襲の激化に備え熊谷陸軍飛行学校を疎開させることになった)建設に携わったこと、華やかだった昭和30~40年代・・・、尽きぬ話はまさに生き字引。
 お歳を召したとは言え女性に年齢を聞くのも如何なものかと脳内で逆算してみると、だいたい80代半ばといったところでしょうか。隣を歩いた時は足腰を患ってらっしゃるようで甚だ心配でしたが、座って話し始めると元気溌剌。さすが客商売をされていただけあってテンポが良い。貴重な生のお話を存分に聞かせていただきました。

ファイル 86-9.jpg  店を閉じた後は場所を貸して欲しいとの声も絶たないようですが、頑なに断っているそうです。少し生活感は感じるものの、掃除は行き届いているし壁のカレンダーも今月のもの。入口の内側に掛けた暖簾は「夕方になったら出すんでしょ?」と思ってしまうくらい、半世紀以上にわたるお母さんの記憶とリズムが染みついた聖域なのです。
 「私はいつでもココにいるから、また来た時は寄ってね」別れ際にそう言って下さいました。そうだなぁ、私もこの場所はこのままであって欲しい。次の取材時にはこちらの銘菓でも持って、また話し相手にお邪魔しようと思います。お母さん、いや女将さんもどうかお元気で。

 オリンピックを後にし、ここは汎用ストラクチャではダメだな・・・と、念入りに周囲を撮影。キッチリ作りたい、思い入れのある場所がひとつ増えました。
 残念ながら線路側からではタダの住宅にしか見えませんけど、今は無き表側の看板や提灯、人懐っこいお母さんの笑顔、そして想像するしか無い焼き鳥の匂い・・・、運転する度にそれらを思い出せるようなデータに仕上げたい大切な場所です。

ちょっと飯田線に乗ってきた

ファイル 24-1.jpg  先日の取材旅行は沿線を車/徒歩で巡るだけでしたので鉄分不足! というわけで、今度は飯田線に乗車してきました。豊橋発10:43発の通し列車 519Mで北上、伊那市で食事を取ってから続けて北上し、現在は諏訪湖畔に滞在中です。今回は取材というより乗り鉄旅行がメインでしたが、ついでに不足していた素材も集めてきました。
 まずは119系の運転台パネル。より完成度を高めるべく高解像度の画像を取りまくりました。それから車両オブジェクト用の素材として、床下機器の一部と、屋上のインバータークーラー、ベンチレーターなども撮影しています。ラッキーだったのは大沢信号所にて上下交換のため数分間の停車がありましたので、信号所の建物についても鮮明なテクスチャ素材を得ることができました。このご時勢、築堤を登って撮りにいくわけにもいきませんので困っていたのですが、これにて解決です。
 画像は相変わらず七久保駅にて。

■飯島食堂のソースカツ丼
ファイル 24-2.jpg  伊那市での夕食はまたもや「ソースカツ丼」。今回お邪魔したのは中華料理屋メインの「飯島食堂」さんですが、ソースカツ丼の味とボリュームが評判でしたので行ってみました。昼の営業は一階の食堂のようですが、夜の営業はなんと二階の個室。年季の入ったお部屋ではありますが、天竜川を眺めながら周囲を気にせず、気ままに食べることができました。
 噂のカツ丼はこれまで食べた中でも最大級。厚切りロースが二段重ねで乗ってまして、丼の蓋がまったく意味を為していません。実はこの蓋、どちらかというと「取り皿」的存在で、一段目を蓋に除けてから食べないとご飯にアプローチできないというワケ。サクッと揚がったカツは300gくらいあるでしょうか。後半はご飯が足りないという普通とは逆の状態。甘口ソースは比較的ウスター寄りの味付けでした。お値段は1,100円。カツ丼としてはお高めですが、実際目にすればむしろ安いと感じること請け合いです。
 美味かった!けどお腹が限界。ローメン専門店をハシゴする予定はキャンセルになりました。

■上諏訪の花火は毎日開催
ファイル 24-3.jpg  画像の洋館は、上諏訪駅から徒歩5分くらいの諏訪湖岸に位置する「片倉館」というもので、なんと昭和3年の建築。左右非対称が珍しい、まるで教会のような建物ですが実はコレ、公衆浴場なんです。到着時間の都合で入浴はできなかったのですが、後日朝風呂に挑戦したいと思います。
 建物の左に輝くのは諏訪湖の花火大会。4万発を誇る8/15の大花火大会とは別に、約15分間/800発の打ち上げ花火が毎日(8/1~9/5の間)上げられているのです。湖畔のホテル街からはもちろん、湖岸通りからもよく見え、特に混み合うことなく気軽に花火が見れるのが素晴らしいですね。
 片倉館園内の樹木が被ってベストアングルとはいきませんでしたが、なんとか建物と花火を同時に捉えることが出来たのでポチリ。

 明日は小海線にて佐久平方面へ移動します。鉄道とは関係ありませんが、小惑星探査機「はやぶさ」で話題になった臼田の64mパラボラアンテナや、野辺山の45m電波望遠鏡を見学に行く予定です。巨大構造物が大好きなので今からワクワクが止まりません。

伊那谷滞在中

 少々更新が滞っておりますが、どうにも資料不足の部分が気になって製作が進みません。このまま騙し騙し作るのもストレスになりますので、現地取材のため伊那谷にやってきました。
 大阪から車で約10時間(日程的に週末1000円割が使えないので往路は下道で)、やっと着いたと思ったら雨に降られて本日はほとんど活動できず、わずかな晴れ間に伊那市駅周辺を撮り歩いて終わりました。余った時間は山麓の温泉でマッタリと…。とりあえず日曜いっぱいまで滞在しようと思っていますので、明日から本格的に活動します。
 以前の取材では飯田~辰野までの主だった施設・風景を撮りましたが、今回は範囲を当面の作業区間になる伊那福岡~伊那市に限定し、線路に沿ってすべての建物を詳細に撮り歩くレベルで行います。もちろん、プライバシーの関係で撮影できない一般の民家などは遠景のみにとどめますが、それでもどんな雰囲気の建物かが分かれば、汎用品に置き換えるにしてもリアリティのある仕上がりになるはずです。

■伊那市のソースカツ丼
ファイル 20-1.jpg  本日のご当地B級グルメは伊那市の「ソースカツ丼」。我々関西の人間にとってカツ丼とは“卵とじ”なのですが、こってりしすぎて実はあまり好きではありません。対して駒ヶ根や伊那市でカツ丼といえば甘口ソースで味付けしたもので、こちらのほうがカツの衣がサクサクして好きですね。
 今回は伊那市の「みや川」さんでいただきましたが、厚さ3cmはありそうなカツがドッサリ乗って670円也。実はこのお店は大盛りで有名なんですが、カツ丼はこれでも伊那谷では特別多い量ではありません。ただ他店が軒並み1000円前後~1500円くらいの価格設定ですので、相対的にリーズナブルで満足感は大きいですね。他にも気になるメニューがありますので、滞在中にまた2~3度来ることになりそうです。

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