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2010年の記事は以下のとおりです。

169系に乗る・撮る!

ファイル 27-1.jpg  先日信州から帰ったばかりですが、またもや上田市@長野県に滞在中です。9/7の朝に大阪を出発し、豊橋からは先日と同じく飯田線の519M列車に乗車。主な目的は、飯田線臭とでもいいましょうか、飯田線ならではの空気感のようなものを身に染み込ませること。それから119系について先日は撮れなかった側の床下機器他、いくつかの補足資料を撮影することにしました。
 飯田からは1本遅らせて115系東日本車に乗り換え。こいつは119系と違ってまだ窓を開けることができるんです。もちろん冷房が入っているため、他の方への迷惑を最小限に抑えるよう車両後部のボックスに陣取り、車掌に断りを入れ、要所要所で窓を開けて沿線風景を撮影しました。7月末に車/徒歩で撮影した際は、道路の併走していない部分は撮れませんでしたので、これでようやく網羅できたのではないかと思います。画像は田切のΩカーブにて。
 辰野からは大八廻りで塩尻へ抜け、篠ノ井線からしなの鉄道線に乗り換え、夜になってようやく上田に到着。ここを拠点にしなの鉄道の169系を取材することにしました。

ファイル 27-2.jpg  ところが皆様ご存知のように翌8日は台風が信越地域を直撃しまして、朝から晩まで雨、雨、雨。しかもお目当ての169系は3連4本のうち3本が検査入場で不在という運の無さ(うち1本は湘南色に塗り替え中)で、運用激減。そして残る1本も戸倉の電留線で寝ているところを撮ろうと行ってみると、代走の 189系が手前に留置されていて、169系は顔しか見えない状態という・・・。
 そんなこんなで8日の撮影はあきらめて温泉で浮いてました(不貞寝ともいう)。「もしやこのまま手ぶらで帰ることになるのか?」と憂鬱になりましたが、翌9日は朝から3連並結、堂々の9両編成が快速「しなのサンライズ」として姿を現し、胸を撫で下ろすことができました。

ファイル 27-3.jpg  ところで皆様は165/169系といえばどのような記憶が蘇るでしょうか? 私より上の世代の方ですと急行列車華やかりし頃の本来の姿をご存知の方も多いでしょうか。逆に下の世代ともなると、169系に乗ったことがない方も少なくないでしょう。で、私の世代(阪急6300系世代)としては、中央西線や紀勢線の長距離鈍行列車のイメージが強いですね。たいして利用客もいないのに長大編成で、ボックスひとつ貸切どころか、車輌1両独り占め・・・なんてこともよくありました。旅情たっぷりでしたが・・・マァ良くも悪くも国鉄が色濃く残る時代でありました。
 もっとも、しなの鉄道所属の169系は飯田線の快速「みすず」に使用されていた車両そのもので、座席は0系新幹線発生品のリクライニングシートに換装されています。ただ残念なことに私は169系時代のみすずに乗ったことが無く、どちらかというと「ムーンライトえちご」のイメージがしっくり来るでしょうか。隙間風は入ったけど、今の183系より快適だったと記憶しています。まぁそんな思い出もよぎらせながら、MT54の爆音を楽しみつつ長野へ向かいます。「サンライズ」は上田から長野はノンストップで30分強、嗚呼、急行列車ここに健在なり。

ファイル 27-4.jpg  さて、ようやく本題ですが、なんでわざわざ169系を追いかけて長野くんだりまでやって来たかと言いますと、先日撮り集めた115系長野色の写真を加工して169系をオブジェクト化すると書きましたが、その下半身となる材料を撮るためです。115系と169系じゃ床下機器がぜんぜん違うのはもちろん、北陸の交直車で代用しようかなどとも思ったのですが、正確性に疑問があると完成してからもモヤモヤしそうでしたので、時間と金はかかってしまいますが現物を撮りにやって来たわけです。
 床下の画像も車体と同様、まず全体の配列を確認するため1両の端から端までを収めて数カット撮影します。次に機器を個別に斜め前から・真横から・斜め後ろから・・・といった具合に撮影し、これを3両分、さらに左右両面を撮る必要があります。だいたい片面3両分を撮るのに20分くらい欲しいのですが、問題なのはそれだけの長時間停車があるかどうか、更に片側は必ずホームで見えないので複数の駅で撮り分ける必要があることです。
 今回は時刻表と行路表、各駅で調べた発着番線のメモ、そして各駅の構内配置図を照らし合わせて検討し、「しなのサンライズ」始発駅の小諸で送り込み回送~発車の間に山側を、長野駅の折り返し待ち30分は山側の予備時間、最後に車両区のある戸倉で編成分割・引き上げ準備の間に川側をみっちり撮影、朝の3時間だけで満足の行く資料が揃いました。各駅とも余った時間は屋上機器や窓まわりなどのディテールも適宜撮影し、また乗車中は停車時に運転台まわりの写真を撮りまくります。

■長野電鉄特急「ゆけむり」に乗る
ファイル 27-5.jpg  愛しの169系ですが、戸倉に入区すると189系に隠れて見えなくなってしまいますので、夕方までは長野電鉄の「ゆけむり」号に乗るなど、時間を潰すことにしました。
 「ゆけむり」って何ぞや? って、要は小田急HiSE車なわけですが、実はワタクシ小田急ロマンスカーって一度も乗ったことが無いんですよ。箱根に行ったのは小田原まで箱根登山鉄道が来てた時代でしたし、そういえば大井川でSE車を見た記憶がありますが、既に千頭の留置線で錆にまみれておりました。そんなわけで初ロマンスカーとなる「ゆけむり」号。長野から湯田中まで約40分程度の行程ですが、もう楽しみで楽しみで。乗車券の他にたった100円の特急券を購入し、大人気なく発車の40分くらい前から改札前に並んで乗車を待ちました。だって展望席も自由席なんですもの。

ファイル 27-6.jpg  地方私鉄にしては頑張り過ぎな、昭和の香り漂う地下長野駅を出てしばらく、地下区間を抜けると、これは・・・、ヤバイ! 何がヤバイって、まるで気分はBVE!(いやそれは本末転倒だ)
 アホほど並んだ甲斐あって好きな座席を選べたのですが、当然運転席を意識して左の通路側に座りました。車掌側からかぶりつける列車は多くありますが、この位置に座ることはなかなかできません。しかも視界に運転士が存在しませんので、まさに運転士気分。コレで他に誰もいなかったら指差喚呼とかしてしまいそうな勢いですよ。もちろん小田急式で(横文字っぽい発音で叫ぶように)。
 いやはや、4連に短縮されたとはいえイイ車両ですね、HiSE。恐れ入りました。次は成田のアレが入線するんでしたっけ、観光路線にはどうかな~?

■木造駅舎めぐり
ファイル 27-7.jpg  湯田中という駅名からもお分かりのように、終点は温泉地です。駅の横の入浴施設「楓の湯」でひとっ風呂浴びた後は、復路も長野まで「ゆけむり」号を堪能しました。まだ時間に余裕があるのでまた須坂まで逆戻りして、今度は屋代線を訪問。この沿線には古い木造駅舎がいくつか残っていますので、テクスチャ材料として撮影しておきます。写真は大本営で有名な松代駅。非常にオーソドックスなスタイルの駅舎ですから、素材としての汎用性も高くなりますね。 

ファイル 27-8.jpg  飯田線でもここ数年で木造駅舎が取り壊され、コンクリの待合室に変わった駅がいくつもありますが、木造時代の駅舎を再現するためにはある程度材料が必要になります。
 車両ストラクチャの話と被りますが、現物の鮮明なカラー写真があればそれに越したことはありませんが、なかなか思うような角度のものは無いものです。ですから現物の写真をベースに足りないディテールを他から持ってきて補うとか、それすら無理ならイチから描き起こすとか、いろいろ手をかけなくてはいけません。
 しかし描き起こすといってもホントにイチからではあまりに大変&難易度が高すぎます。ですから、柱・扉・窓枠・白壁・板壁などといったパーツ単位の素材を沢山ストックしておくと、それらを切り貼りして調整するだけで実写さながらのテクスチャを作ることも可能なわけです。たとえば窓枠。このガラスに反射した風景を自力で描ける人はなかなかの画家ですよ。これも撮影する角度を少しずつ変えると、建物の中が透けて見えたり、鏡のように反対側の景色が映りこんだり、空が映るように工夫すればガラス部分を白く飛ばすこともできます。素材は質も重要ですが、とにかく量! いろんなパターンを集めておいて損はありません。

■戸倉国民温泉
ファイル 27-9.jpg  屋代からはしなの鉄道線に乗り換え、車両区のある戸倉駅へ。長野市をぐるっと一周してくると、ちょうど夕方の大量輸送に備えて借りモノの189系が出区し、後ろの165系が見えるタイミング・・・という按排です。朝にさんざん撮ってはいますが、遠方まで来て撮り残しがあったでは洒落になりませんから、もう一通り軽く流して撮っておきます。朝夕の薄暗い時間帯に床下を撮るとシャッタースピードが遅くなってブレてしまいますが、こういう時は一脚が便利です。ホームに人は少ないですが、構内での三脚使用はマナー的によろしくありませんので・・・。
 で、撮影後は信州に来る前から気になっていた「戸倉国民温泉」へ。戸倉駅から歩いて15分ほど、大層な名前ですが、いわゆる大衆浴場の類です。戸倉は昔から有名な温泉地ですが、メインは川向こうの「戸倉上山田温泉」で、ホテル・旅館が温泉街を形成しています。対して川の手前の住宅地にある国民温泉はいかにも地元の人のための温泉で、一回300円とリーズナブル。ただしシャンプーや石鹸、タオルなどは持参する必要があります。
 で、安いだけが取り柄なのか?というとトンデモナイ。お湯は豊富な湯量の源泉からの掛け流しで、湯船からは常にお湯が溢れています。またシャワーやカランから出るお湯もすべて温泉そのままで、加水や消毒などは一切されていない、本当に純粋な温泉なのです。適度にトロミのあるお湯は肌の弱い私にもピッタリで、湯上り後もシットリ、かつサッパリ。もうすぐ湘南色の169系も走りますし、しなの鉄道の撮影に行かれて「どこかで風呂にでも・・・」という方、オススメノ温泉です。

 さて、本日10日が青春18きっぷの最終日ですので、この日のうちに帰阪します。直江津経由で北陸線に乗り、一応補足資料として急行型の交直車を撮っておこうかと思います。車体が白ベースなので、新長野色に化かすのも楽そうですし。あとは・・・金沢でチャンピオンカレーでも食べるか。

碓井峠 鉄道文化むら

ファイル 26-1.jpg  29日は横軽周辺にて取材活動。その日のうちに甲府まで移動して宿泊、30日は朝から中央西線経由でひたすら西進して帰阪しました。
 レンタカーを軽井沢で返却ついでに、旧軽井沢駅記念館にて旧しなの鉄道のマルタイをみっちり撮影し、その後はバスで横川へ。主ミッションは「碓氷峠鉄道文化むら」でEF58の資料収集です。BVEストラクチャのテクスチャ素材として、いつか作ろうと詰んである1/50スケールのプラモデルの資料として・・・、ありとあらゆる角度で撮影しておきました。後ろに繋げて10系客車が並べられているのはニクイ演出ですね。20系や24系ほどの華はありませんが、「夜行急行」なんて哀愁漂う雰囲気が大好きな車両です。当時としては慣れない軽量設計ゆえに耐久性が乏しく、今となっては現物を見られる機会がほとんど無いのが残念です。

ファイル 26-2.jpg  昼食はおぎのやの「峠の釜飯」、基本中の基本ですね。園内に保存されているお座敷客車「くつろぎ」の車内でいただきました。微妙~に冷房が効いているので、山中とはいえ猛暑と評判の群馬県ですから助かります。
 食後は思うところあってクハ189の運転台を撮影したり採寸したり。外装は国鉄特急色にお色直しされていますが、運転台まわりはかなりくたびれています。後から思えば、故障中のシミュレータ(実車運転台を使用したモノ)を見せてもらうよう頼んだ方が良かったかも・・・。お子様達に混じって部品の写真を撮ったりメモを取ったり、客観的に見れば珍妙な光景だったことでしょう。

ファイル 26-3.jpg しかしこの鉄道文化むら、展示車両の多くは客室内や運転室に入れるように整備されているため、じっくり見て回るとまる一日かかりそうですね。大宮に行くよりも濃い一日が楽しめるように思えます。しかし今回は取材メインであり、かつ碓井第三橋梁の見学もしたかったので、他の車両はまたの機会にして切り上げ、信越旧々線を遊歩道化した「アプトの道」を歩きました。往復10kmのハイキングですが、炎天下の下を延々と続く66.7‰の急勾配は徒歩でもキツく、ホントにこんな坂を列車が走っていたの?と疑ってしまうほど。歩きには自信がある方だったのですが、第三橋梁、通称めがね橋に到着する頃にはヘロヘロに。
 撮影時はグロッキー状態でしたが、帰路は下りなので割と楽チン。途中の温泉施設「峠の湯」でひとっ風呂浴び、涼しくなる夕方まで時間をつぶしてから横川へ戻りました。横川からの帰路は「時刻表を見ずにどこまで行けるか」的なお遊びで、高崎から八高線経由で中央本線へ、23:30に甲府へ到着しました。最終の小淵沢行きがありましたが、宿も無いところで立ち往生する可能性大でしたので、甲府で一泊することにしました。

■テクスチャ素材としての写真撮影
ファイル 26-4.jpg ▼ 画像をドラッグすると移動、クリックで拡大表示を終了します。 翌日は塩尻経由で中央西線へ、名古屋から東海道本線で帰阪しました。中央東線の普通列車はほとんどが新長野色の115系で運用されていますが、特急待避の長時間停車が何度かありましたので、テクスチャ用の写真を山ほど撮っておきました。個人的には信州らしく爽やかなこの塗色が気に入っているのですが、好き嫌いが分かれるようですね。
 製作中のBVE飯田線は169系で快速「みすず」が運用されていた時代ですので115系は不要なのですが、169系の鮮明な写真が手持ちにありませんので、115系をベースに作ることにします。165/169系と115系、兄弟車ではありますが側面はもちろん、前面もよく見ると細かな差異がありまして、そのあたりは画像処理で何とかしなくてはなりませんね。
 何を作る場合でも、現物の鮮明かつ理想的な角度で撮られた写真が残っているのなら、それに超したことはないのですが、そうでなければ現物とはいえ不鮮明なものや立体感ない写真を使うよりも、類似する何かを理想的な条件で撮影し、それをベースに工夫して作った方が結果的には高品質な物を作ることができます。

 今回は旅日記状態でBVE的話題がほとんどありませんので、最後にテクスチャ素材の撮影について少し書いてみます。
 鉄道写真を沢山ストックしているからといってBVEのテクスチャ素材に困らないかというとそうではなく、むしろそのまま使える写真というのはほとんどありません。光線や陰影の具合や時代設定についてはこれまでも書きましたが、一番重要なのは写真を撮る角度。できるだけ運転台から見た角度に近い角度で撮影しないと、意図した立体感が出せません。列車の場合はナナメ方向から撮影した写真も少なくないと思いますが、遠近で像が小さくなる後半部がテクスチャとして使用に耐える解像度を持っているかというと、まぁだいたいダメでしょう。テクスチャ画像は、テクスチャ画像用に撮影することが望ましいわけです。


 上の画像は分解写真・・・ではなく、車輌1両分のテクスチャ素材です。当然ここでは縮小していますが、元画像の解像度は1枚あたり3008x2000ドットで、単にこれは私のカメラの上限値です。メモリも安くなりましたから、こんなところでケチっても仕方ありません。
 車体が白いのでディテールを飛ばさないようアンダー気味で撮影。逆に床下を撮る場合はオーバー気味でないとディテールが潰れます。肉眼より遥かにダイナミックレンジの狭いデジタルカメラで車体と床下を同時に撮るのは自殺行為なので、手間はかかりますが別々に撮りましょう。もっとも今回は169系への転用を前提とした撮影ですので、115系の床下は不要。撮影はしていません。
 立体感を出すコツは、常に列車に対してナナメにカメラを向け、そのまま列車と並行に移動するように撮影します。まぁ何分割するかは要求される解像度次第で、BVE程度ならここまで細分化する必要な無いとも思うのですが、レンズの歪みによる寸法の狂いを最小限にするためや、遠近による歪みを補正して繋ぎ合わせる際の画質の劣化を最小限に抑えるため、このような撮り方になっています。実際に編集作業をしてみると半分くらいしか使わなかった、なんてこともありますが、まぁ残りは保険というか、精神衛生上の問題ですね。
 あとはPhotoshopなど、それぞれ使い慣れたツールで合体させ、色合いを整え、最後の最後に画像サイズを縮小して完成です。「窓やドアを毎回撮影せずに、形は同じなんだから使い回せばいいのでは?」と思われるかもしれませんが、微妙な反射やブラインド、車内の様子がそれぞれ微妙に違います。ひとつの画像を使い回すと「繰り返し感」が出てしまいますので、できるだけ車輌の端から端までを撮影して一枚に繋げるようにします。

 駅舎などの横に長い建物も基本的には同じ。差し掛け屋根の柱や吊り下げ看板の類が壁面の前にあって邪魔になる場合は、微妙に位置をずらせて数枚撮影し、「写らないところが無いように」カバーします。小さな建物ですと数枚に分割して撮ることはありませんが、運転台からの位置を意識してナナメから撮影するのは同じです。

 こういうのは動画で作業しながら解説した方が分かりやすそうですが、はてさて次の動画はいつになりますことやら? 小町屋周辺の空き地がまだまだ目立ちます。

うすださん

ファイル 25-1.jpg  今日は予定通り諏訪を出発し、小淵沢からは小海線に乗り換え、佐久平で下車した後はレンタカーで沿線をウロウロしていました。鉄道ネタとしては「久しぶりの小海線は相変わらず雄大だったなぁ~」というくらいで、BVE関係も含めて話題は特に無し。メインは野辺山の電波望遠鏡と臼田の通信アンテナ、ふたつの巨大パラボラアンテナを巡る一日となりました。
 特に素晴らしいのがJAXAが運用する臼田の宇宙空間観測所。東洋一を誇るパラボラアンテナの直径は実に64m。背面のトラス構造が美しく、その巨大さが与える圧倒的迫力はもとより、反してレースの編み物のような繊細さすら感じさせる構造物です。

ファイル 25-3.jpg  話題の「はやぶさ」は燃え尽きて運用が終了しましたが、現在は宇宙ヨットなどと称される小型ソーラー電力セイル実証機「イカロス」との通信などに使用されています。使用していない時のパラボラは真上に向けて固定されているのですが、訪問時はちょうど通信が終了するタイミングだったのか、ナナメに傾斜したところから直上に回転する姿を拝むことができました。
 写真ではその巨大さが伝わらないのが残念ですが、手すりや階段といった人のサイズが想像できる部分と比較していただくと、「とりあえずデカイ」ってくらいはお分かりいただけるかと思います。

ファイル 25-2.jpg  運良く運用中の姿を撮影できた臼田のアンテナですが、夜間の姿も見てみたくなり、真っ暗の林道を戦々恐々と約10km登って再訪しました。夜のアンテナがどういう状態にあるのかは知らないまま、とりあえず山を登っていきましたが、木々の間から現れたアンテナはライトに照らされて白く輝いており、その迫力と神々しさには体が震えるほど感動させられました。
 先述のとおりパラボラは上を向いて静止していますが、その姿はまるで映画「未知との遭遇」のワンシーンのよう。実は宇宙船と交信してるとか、実は秘密のレーザー兵器だとか言われても信じてしまいそうな、眼前に存在するにもかかわらず非現実的な光景でした。

 鉄分の少ない一日でしたが、明日は横軽方面へ移動し、軽井沢の旧軽井沢駅舎記念館と、横川の鉄道文化むらを訪問する予定です。前者ではしなの鉄道を引退後、保存展示されているマルチプル・タイタンパーを、後者ではEF58電気機関車をみっちり取材します。いずれもBVE用ストラクチャとして製作予定で、テクスチャに必要な写真を揃えてしまいます。EF58は先日の浜松工場の公開日に157号機が展示されていたようですが、どうしてもスケジュールの都合がつかなかったので、文化むらの172号機を素材として代用します。

ちょっと飯田線に乗ってきた

ファイル 24-1.jpg  先日の取材旅行は沿線を車/徒歩で巡るだけでしたので鉄分不足! というわけで、今度は飯田線に乗車してきました。豊橋発10:43発の通し列車 519Mで北上、伊那市で食事を取ってから続けて北上し、現在は諏訪湖畔に滞在中です。今回は取材というより乗り鉄旅行がメインでしたが、ついでに不足していた素材も集めてきました。
 まずは119系の運転台パネル。より完成度を高めるべく高解像度の画像を取りまくりました。それから車両オブジェクト用の素材として、床下機器の一部と、屋上のインバータークーラー、ベンチレーターなども撮影しています。ラッキーだったのは大沢信号所にて上下交換のため数分間の停車がありましたので、信号所の建物についても鮮明なテクスチャ素材を得ることができました。このご時勢、築堤を登って撮りにいくわけにもいきませんので困っていたのですが、これにて解決です。
 画像は相変わらず七久保駅にて。

■飯島食堂のソースカツ丼
ファイル 24-2.jpg  伊那市での夕食はまたもや「ソースカツ丼」。今回お邪魔したのは中華料理屋メインの「飯島食堂」さんですが、ソースカツ丼の味とボリュームが評判でしたので行ってみました。昼の営業は一階の食堂のようですが、夜の営業はなんと二階の個室。年季の入ったお部屋ではありますが、天竜川を眺めながら周囲を気にせず、気ままに食べることができました。
 噂のカツ丼はこれまで食べた中でも最大級。厚切りロースが二段重ねで乗ってまして、丼の蓋がまったく意味を為していません。実はこの蓋、どちらかというと「取り皿」的存在で、一段目を蓋に除けてから食べないとご飯にアプローチできないというワケ。サクッと揚がったカツは300gくらいあるでしょうか。後半はご飯が足りないという普通とは逆の状態。甘口ソースは比較的ウスター寄りの味付けでした。お値段は1,100円。カツ丼としてはお高めですが、実際目にすればむしろ安いと感じること請け合いです。
 美味かった!けどお腹が限界。ローメン専門店をハシゴする予定はキャンセルになりました。

■上諏訪の花火は毎日開催
ファイル 24-3.jpg  画像の洋館は、上諏訪駅から徒歩5分くらいの諏訪湖岸に位置する「片倉館」というもので、なんと昭和3年の建築。左右非対称が珍しい、まるで教会のような建物ですが実はコレ、公衆浴場なんです。到着時間の都合で入浴はできなかったのですが、後日朝風呂に挑戦したいと思います。
 建物の左に輝くのは諏訪湖の花火大会。4万発を誇る8/15の大花火大会とは別に、約15分間/800発の打ち上げ花火が毎日(8/1~9/5の間)上げられているのです。湖畔のホテル街からはもちろん、湖岸通りからもよく見え、特に混み合うことなく気軽に花火が見れるのが素晴らしいですね。
 片倉館園内の樹木が被ってベストアングルとはいきませんでしたが、なんとか建物と花火を同時に捉えることが出来たのでポチリ。

 明日は小海線にて佐久平方面へ移動します。鉄道とは関係ありませんが、小惑星探査機「はやぶさ」で話題になった臼田の64mパラボラアンテナや、野辺山の45m電波望遠鏡を見学に行く予定です。巨大構造物が大好きなので今からワクワクが止まりません。

杉林の表現に目覚める

ファイル 23-2.jpg   初夏から夏にかけて現地や近所で樹木や森林の写真を撮りまくりましたので、そのあたりの再リニューアルを進めています。最新版の動画でお気付きの方がいらっしゃるかもしれませんが、線路際の雑木林のストラクチャは陰影表現の強化や下部に盛り土を再現するなど、初期のものより少しディテールアップしています。

ファイル 23-3.jpg

 それに対して杉林のストラクチャはドコをどう改良すべきか方向性がまとまらず、リニューアル当初のままで動画を投稿しましたが、ようやく盛り土と下草の再現、陰影による立体感と遠近感の表現、テクスチャ解像度の向上という線で落ち着きました。
 右の画像は上段が従来のもの、下段が新作ストラクチャに置き換えたもの。道床~地面~下草の繋ぎをどうすれば自然に見えるか、線路際や近所の林道などで似たようなシチュエーションを観察して考察・再現しました。あとはアクセントに低木を散らせば、より豊かな表情になるのではないかと思います。

ファイル 23-4.jpg  そもそも従来の杉ストラクチャは陰影をどの角度で付けるか悩んだ挙句に決めかねて、ほとんど影を付けることなく完成させたものでしたから、いささか立体感に欠けるところがありました。と言うのも、この路線データは通学ラッシュが落ち着いた後の午前中をイメージして製作していますが、西から東へ走る下り列車から前方を見れば、日光は概ね右から左へ当たることになります。ということは樹木単体のオブジェクトですと左側に影ができるわけですが、森や林といった集合体になると並び立つ樹木がお互いに生成する影も加わるので、複合するとどんな影になるのか解釈が難しくなってきます。
 最初に挙げた比較画像を例に解説しますと、線路の右側に並ぶ杉林に対して右から左へ日光が当たるという原則を当てはめると、線路側の面が影になり、旧ストラクチャもわずかにその傾向で陰影を付けていました。しかし、よくよく考えてみるとこの杉林、それなりに幅のある防風林ですから奥、つまり右側に行くほど暗くなるという解釈もできます。

ファイル 23-5.jpg  試行錯誤した結果、木々の重なりが作り出す影を優先して表現することとし、樹木の中央部に影を設けるという、単体の樹木では有り得ない絵面になりました。おかげで暗い部分の手前に比較的明るい末端の葉が浮き上がるように見えるため、基本的には板オブジェクト同然ながらも随分と立体的に見えるようになりました。
 Zバッファに起因する縁の透過不良防止と、針葉樹らしい刺々しい葉の輪郭を表現するため、葉の部分のテクスチャは512×1024ピクセルという巨大画像になっています。ただし、影を中心に持ってきた副産物として、テクスチャを左右反転させて使うことが出来るようになったため、2枚のテクスチャで4種類の樹木を作成し、メモリ使用量を少しでも減らすよう努めています。幹はほとんど目立たないので4本とも同じテクスチャで、こちらも多少のメモリ削減に。

ファイル 23-6.jpg  出来上がった杉林のストラクチャですが、そのまま並べただけでは道路脇の並木のように幹の向こうがスカスカに透けて見えてしまい、奥行きや暗がりの迫力が感じられません。そこで、模型で言う背景パネルのようなモノを作り、盛り土・下草を表現したオブジェクトと一体化させています。
 かなり暗めの色合いに設定していますので画像では分かりにくいかもしれませんが、背景部には杉林のテクスチャを貼り、奥行きを感じさせるようにしています。下草の部分も、線路に近い手前は明るく、奥に行くに従って暗くなるようにテクスチャを作ります。
 最後は実際に路線データに配置し、全体の色合い・明暗のバランスを調整しますが、これが簡単なようで難しい。幹の部分は枝や葉の陰になりますから少し暗い目にしますが、しかし背景よりはわずかに明るくして浮かび上がるように、逆に背景のテクスチャを暗くしすぎるとディテールが潰れて見えなくなってしまうので明るすぎず暗すぎず・・・と。他にも架線柱に張った電線類を引き立たせるにはどれくらいの明るさが良いか、線路や道床との繋ぎは自然か、他の木々や周囲の風景とのバランスは取れているか・・・エトセトラエトセトラ、ありとあらゆる要素が密接に関係するので、トーンカーブをチョイと動かすだけでも「アチラを立てればコチラが立たず」といった具合で苦労させられます。

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