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運転台から運転室へ(後編)

  • 2015/07/02 17:30
  • カテゴリー:運転台

前編からの続きです。

 

■乗務員室ドアの製作

20150701134956.jpg 前方のモニタを3画面化したものの、手前にドアや窓が無いTV丸出しの不格好な状態で運用していましたが、ようやくドアらしきモノが付きました。

 分割して容易に持ち運びができるのは大原則ですので、例によって基本構造は軽量な木造。ベニヤと角材の箱組にて構成しています。

 実車の材質は窓枠がアルミ、ドア本体の内張りがステンレスですのでそれらの薄板を貼り付けて質感を再現しますが、ベニヤの表面にそのまま貼り付けたのでは木目やササクレが影響して平滑性が維持できない可能性があるため、まずは他の壁面と同様プラ板を貼り付けて表面を整えています。

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 窓枠に用いたアルミ薄板はホームセンターで販売されている0.2mm厚のロール状のもの。柔らかく加工しやすい材質のため、おおまかに貼ってから窓部を切り抜き、エッジの折り曲げは指の力で作業することができました。

 問題はステンレス板。同じくホームセンターで売っているロール状の物で厚みはアルミの半分で0.1mm、これが恐ろしく硬い上にバネ性が強い。先に貼って窓まわりを折り曲げようにも手の力では簡単に曲がらず、かといって先に治具を使って加工してから貼り付けるのでは位置合わせが非常にシビアなものとなり、皺や気泡に気を配る余裕がなくなるためオススメできません。

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 結局0.1mm厚の使用は折り曲げ加工の少ない簡単な形状の部分のみに限定し、窓まわりには0.05mm厚のステンレステープを使用しました。この厚みになると凹み傷が付きやすいため出来るだけ使いたくは無かったのですが、そこは技術的限界から妥協。試行錯誤の末、何とかそれらしい造形に仕上げることができました。

 ドア縁の二枚重ねになっている補強部分は断面を銀色に塗装したプラ板の上に同じくステンレステープを貼り、金属丸棒をハンマーで打ち付けることによりスポット溶接痕を表現しています。

 窓枠のHゴムはスポンジゴム製のクッション材を1/4丸断面にカットしたもの。実物と比べると随分柔らかいのですが、色艶が非常に似ていることと、イメージに近い半径の物がホームセンターにありましたので採用しました。

 

■右側仕切り壁のサイズ修正

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 当初右側の壁は設置面積の制約で奥行きを20cmほど短くアレンジ、これにより正面貫通扉窓を見通すための窓が実車の半分くらいのサイズになっていました。せっかく右側にも車窓表示用のモニタを設置してもほとんど見えず勿体ないためリアルサイズに修正。旧作を改修する手もありましたが継ぎ目の処理や強度の確保が面倒なため、新造するほうが手っ取り早いという結論に達しました。

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 窓枠はR部分を新規に作るのが手間なので従来のものを流用、ふたつに切って間にプラ材を挿入して整形しています。図面があるわけではないので正確な寸法は分かりませんが、ほぼ正方形の窓は意外と大きく、ここから前面貫通扉の縦長窓越しに右側の状況がよく見える設計になっていることがよく分かりました。

 ついでに窓枠材の厚みが従来の1mmでは実車と比較して存在感に欠ける感じがしたので、プラ板を貼り重ねて2mmに変更しました。

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 従来から装着していた各種機材を新しい壁面に復帰させておおまかに完成。窓が大きくなったことで非常に見通しが良くなりました。

 中央のモニタと右モニタの間にベゼル(モニタの縁)分の空白部が発生するため完全に連続した映像にはなっていませんが、運転していると境界を意識することはほとんどありません。画角が広角になったことで速度感を得やすく、停車の感覚も掴みやすくなりました。

 問題は…広角になった分、遠方の景色が途切れている箇所が目立つようになってしまい、路線データの風景を左右方向に拡張する必要が出てしまいました。何か良い誤魔化し方を考えなくては...。

 

■天井の装着

20150701135144.jpg 窓上でカットしていた従来の運転台ですが、これはパイプベッドの下段に収めることを前提として設計したものでした。保線小屋のおかげで寸法の制約はほとんど無くなりましたので、上に載せる天井を追加製作します。

 運転室の天井は車体断面に近い客室とは異なり、かなり角ばった四角い形状をしているのですが、この天井が水平なのか片流れなのかが写真からでは判別できず、119系譲渡先のえちぜん鉄道へMC7000系を見に行くところから設計スタート。実物を見てみると一目瞭然、左端のR部以外の天井は水平であることがわかりました。

20150701135149.jpg 場合によっては木造船を作るような格子状のフレームが必要になるもと考えていたのですが、天井が水平ならば構造も簡単で済みます。基本はまたもやベニヤと角材の箱組とし、R部分は弧を切り抜いた板を量産して角に接着、化粧板を貼り付ける際のサポートとしました。

 余談ですが写真の形式プレートは実車のもの。基本的に実物部品そのものにはあまり興味のない私ですが、トップナンバー車の遺品とあっては我慢できず(お財布的に)ちょっと頑張って入手しました。クモハならもっと良かったけど贅沢は言うまい。

20150701135156.jpg 天井部製作で最大のネックは窓上に設けられたATS機器収納箱のパンチングメタル部。部分加工なので市販の規格品は使えず、以前の動画にも登場しているCNC彫刻機でプラ板を切り抜いて作ることにしました。機械が勝手にやってくれると思いきや、ワークのサイズが機械の加工範囲に収まらず、途中で位置をずらし二度に分けて加工する変則技を発動、また回転刃で切削するためプラ板が溶け出す事案も連発し、何とか鑑賞に耐えるレベルのものを作るのに一昼夜を要しました。

20150701135201.jpg R部のサポートに沿わせてプラ板を貼り、各種部材を装着すればベニヤの箱が一気に電車の天井らしくなる不思議、これまでの苦労も報われるというものです。

 電車のモックを作る際で苦慮するのは角にぐるりと引き回されたアルミモールの再現。これまでは市販の住宅建材を使用していましたが、鉄道用のモノはそれよりも肉厚でエッジに丸みが付けられているのが特徴です。入手する機会はほぼ皆無ですので、プラ材を組み合わせて自作し塗装で仕上げました。幸いアルマイトの色味は塗料の色でも近い風合いが出せるので大きな違和感はないでしょう。

 

■乗務員室仕切り壁の製作

20150701134730.jpg 左右の壁が延長され天井まで付くと、それらにフタをする壁が欲しくなるというもの。いよいよ密閉空間の仕上げに掛かりますが、運転室を箱状にするにあたって悩むのがスピーカーの設置場所。音響の質を重視すると理想的な設置場所は自ずと限定されますが、元々限られたスペースに見た目の処理も両立させようとすると設置はほぼ不可能です。そこで発想の転換、壁そのものを大きなスピーカーボックスとして製作することにしました。

20150701134825.jpg 構造は箱鳴りを回避するため18mm厚のMDF材。スピーカーユニットは音質が大変良好であったONKYOのD-212EXから拝借しました。壁の厚みを実車寸法に合わせたためスピーカーとしては箱の奥行きが足らず、そのぶん天地寸法を大きく取って元製品と同等以上の容積を確保しています。

 中低音を担うウーファーは床下からの響きを意識して膝の高さに、高音は直線的にしか音が飛ばないので耳の高さにツィーターを設置、吸音材の量を調整して蓋をすれば完成。後ろから音が鳴ることによって車両の先頭に居る臨場感を演出しています。

20150701134745.jpg 仕切り壁の小窓はイベント時の観客に配慮し、実車比で五割増のサイズに大きくアレンジ。観客の視界が限られてしまうため見る側は楽しめなくなるのではないか?と、視界と密室感の両立に苦慮した結果なのですが、運転会では観客側も乗り鉄気分になると反応は上々でホッとしました。

 工期遅れのため塗装とアルミモール類の製作、客室側の化粧がまだ手付かずですが、続きは焦らずじっくり進めたいところです。

 

 全体の進捗としては、絵画に例えればまだ輪郭が描けたところでまだまだ細部の作り込みを進めなくてはならない段階ですが、とりあえずはひと段落。ようやくここまで来たかと感慨深いところです。

 更にやるべきこと・やりたいことを書き出せば今思い付くだけでも軽く数年分の作業量がありそうですが、私は製作物の完成が見えてくると急にやる気を無くす悪い癖があるので、いつ完成するかもわからない路線データと運転台はライフワークとして最適なのかもしれません。まだまだ長いこと遊ばせてくれそうなBVEに感謝です!

169系ストラクチャデータ

20150329164808.jpg 飯田線での運用から外れてしなの鉄道へ譲渡された169系が2013年3月に引退、北陸地区で最後まで頑張っていた交流型の475系も2015年3月のダイヤ改正で北陸新幹線と入れ替わるように姿を消し、ついに絶滅種となった国鉄急行形電車。これ以上どこも弄りようが無い程完成された“東海顔”と、端から端までユニットサッシが並んだ端正なスタイルは、なんとも言えない上質な旅情をかき立てるものでした。

 ある程度以上の年齢の方には全国を縦横に駆け抜けた急行列車として、私くらいの世代だと長距離鈍行に格下げされて貧乏旅行のお供に、更に若い世代の方にはボロだけど国鉄の匂いを残した貴重な車としてそれぞれに印象付けられていることと思います。

20150329164807.jpg 飯田線では119系とともに旧型国電の置き換えとして南部で165系が、北部で横軽対応の169系が主に活躍していました。制作中の拙作路線データでは90年代末期の北部飯田線にあわせて明灰色と空色の新長野色に塗り替えられた169系を「快速みすず」として登場させていますが、今回はより汎用性の高い湘南色の“先祖返り”データを仕立ててみましたので素材データとして公開します。

 169系と165系の見た目の違いは極わずかですので、どちらとしても違和感無く使っていただけると思います。他列車の走行用ストラクチャとして、また駅や電留線のお供にご活用ください。

 

  • ダウンロードデータはZIP形式で圧縮しています。解凍できるアーカイバを各自用意してください。
  • 改造・修正が容易なよう従来のcsv形式で提供しています。BVE5で使用の際はRock_on氏製作のストラクチャコンバータでX形式に変換してください。またメタセコイヤ用CSVファイルインポーターを使用してモデリングソフトで編集することにより滑らかな曲面を再現することも可能です(各ツール・ソフトの使用方法は各自学んで下さい)
  • ストラクチャデータ単体での配布です。路線データへの組み込み方、他列車の動かし方が分からない方は、BVE公式サイト他各種ネット上の情報等で各自勉強してください。 
  • 基本的に対向列車として自線の右斜め前方に配置することを前提として制作しております。右面や後ろ側、通常の視点では見えない部分、その他諸々ザックリ省略していますので、反対面などが必要な場合は各自加工してください。

 

いつものアレ

  • 著作権はBVE飯田保線区に帰属し、一切の権利を放棄しておりません。
  • 路線データに組み込んで一括配布する場合に限って許諾の連絡なしにそのまま公開していただけます。解像度の変更をはじめテクスチャの改変、その他改造等ご自由になさってください。
  • 配布の際はreadmeテキスト、またはダウンロードページなどにデータ借用の由を一筆いただけますと幸いです(記述場所・書式は各制作者様のフォーマットでお任せいたします)
  • 本ストラクチャ単体での配布は改造の有無にかかわらず許可しておりません。またデータの一部のみを抜き出しての公開や、他の素材へ部分的に流用しての公開も同様に許可しておりません。
  • 正統派シミュレータとしてBVEの普及・発展を願っております。本来の在り方から逸脱した暴走動画やネタ動画に使用してのアップロードはご遠慮ください(第三者が動画や画像を見た時にどういう印象をBVE全体に対して抱くか、その辺りを考えて判断してください)
  • ファイルや動画、スクリーンショット等を公開せず個人の範囲で完結して遊ばれる限りは、どのような使い方をされても自由です。
  • 上記の注意事項に同意していただいた上でこちらからダウンロードしてください。

各種素材データ

 ブログシステム変更につきURLが微妙に変わりました。ブログへ直リンクされている方がいらっしゃいましたら修正をお願いします。  変更を機にリンク切れになっていました素材データの再UPと、Twitter上で公開を告知していました素材データ類を調整しまして再公開いたします。   87-1.jpg▼BVE5対応、三灯色灯式信号機 過去記事で公開してリンク切れになっていたものです。当該記事のリンクも修正済み、内容はそのままです。     20150122195934.jpg▼DT33台車 119系のほか103系でも使用されている有名な台車です。国鉄新性能電車をはじめ各種ストラクチャのディテールアップにどうぞ。     20150122195933.jpg▼PS23パンタグラフ ストラクチャデータでリアルな再現が難しい(面倒な)パンタグラフのデータ。狭小トンネル対応のPS23と、簡易再現のPS16/PS17を同梱。   20150122195935.jpg▼運転台パネル用メーター画像集 実物部品を分解して撮影したものなど、高解像度のメーター画像集です。針は簡単に消してあります。        詳細は各添付のテキスト参照ですが、各データとも著作権は放棄しておりません。BVEデータに組み込んで使用・公開される場合に限って、連絡等なしにお使いいただけます。暴走・ネタ系のデータ・動画は好みません。個人の範囲でお楽しみいただく分には構いませんが、ネット等への公開は自重して下さい。  

ありがとう、飯島食堂

20150117221815.jpg 例によって遅くなりましたが、皆様あけましておめでとうございます。イベント関係以外の更新をほとんどしなくなった当ブログですが、今年も細く長くお付き合い下さればと思います。   2015年の正月は関西でもまさかの大雪に見舞われましたが、そんな中車を走らせて伊那市へ行ってまいりました。元々予定していたスケジュールでは無かったのですが、伊那市で度々お世話になっている「飯島食堂」が閉店すると聞いて、食べ納めに行くことになりました。  その名前から勘違いされることも多いのですが、飯島駅の駅前にある飯島食堂(実在)ではなく、伊那市駅と伊那北駅の中間地点にある中華料理店の話。さらに問題をややこしくしているのは、本来の屋号は「飯島」もしくは「中華料理 飯島」、でもなぜか誰もが飯島食堂と呼びます。ご本家?には申し訳ない話ですが、私も飯島食堂と聞けば伊那市の飯島食堂を思い浮かべるのです。  20150117221816.jpg 取材で伊那を訪れる度に寄っていると言っても過言ではない飯島食堂。中華料理店と紹介しておきながら注文するのは決まって伊那名物のソースカツ丼。当ブログや動画でも度々扱っているアレです。このフタの閉まっていないカツ二段重ねの超盛りがデフォルト、おそらくカツだけで300~350グラム、汁物・香物が付いてお値段1100円はむしろ安い。  20150117221817.jpg 噂話ではありますが、昔はもっと盛りが少なく値段も安かったのが、ご主人のサービス精神でジワジワと盛りが大きくなり、それではお店の経営が…と奥様がチョイ値上げ。それは申し訳ないとご主人が更に盛りを大きく…のループで今の超盛りになってしまったとか。  なんとも心あたたまるような、笑ってしまうような、そんな歴史のソースカツ丼も残念ながら食べ納め。いよいよもって経営が厳しくなってきたのか!?という話ではなく、現在3代目のご主人も御年71歳。後継者不在のため市内外のファンから惜しまれつつ閉店を決意されたとのことです。  20150117221818.jpg フタが閉まってないんだからフタ要らないじゃないか!なんて言われそうですが、このフタが重要。皿のように置いたフタに、二段のカツの上の段を移してから食べるのがココのお作法。そうしないとキャベツやご飯にアプローチすることが出来ないのです。  500円玉硬貨の直径は26.5mmなので、カツの厚みは実に3cm以上。写真だと全体のスケールが掴みにくくて小さく見えてしまいますが、実際この厚みのカツにはなかなかお目にかかれません。  20150117221819.jpg これだけの厚みがありながら肉の中まで程よく火が通っていて、衣はギトギトすることなくサクサクの揚がり具合。ソースは甘口のウスターをたっぷりくぐらせて…これが全然クドくなくて黙々と食べ進めてしまうのが不思議なところ。  普通ならカツが先になくなるのが勿体無くてチビチビと食べるところですが、むしろご飯が足りないくらいの圧倒的ボリューム。男性でも一杯で確実に満腹、並みの女性なら完食は苦しいかもしれません。  20150117221820.jpg たらふく食べて帰り際、これで最後ということでご主人にご挨拶させていただきました。なんと104年も続いたお店をこれまで守ってこられた3代目の飯島敏道さん、なので伊那市だけど飯島食堂。写真をお願いすると実によい笑顔で並んでくださいました。  お二人ともまだまだお元気そうで、出来ることならもう少しお店を続けていただきたい…なんて思いましたが、ふと手前を見ると大量に積み上げられた揚げる前の肉塊。「縮む前はこんなに大きいの!?」と驚くと同時に、これを休みなく揚げ続けるのは体力的にキツそうだ…と納得してしまいました。惜しいけれどこれで本当に食べ納め。今まで美味しいお料理をありがとうございました。   とはいえ飯島食堂の店仕舞いは1月末。まだまだ半月ほどありますので気になっていた方、もう一度食べておきたい方は今月中に足を運んでその味を堪能して下さい。本来の中華料理もこれまで何品かいただきましたが、こっちも美味い。残り少ない期間ではありますが、できればソースカツ丼と中華料理、2回は行ってそれぞれ味わっていただきたいと思います。    ではでは、長くなりましたが。「飯島食堂さん、ごちそうさまでした!」

2大運転イベント終了しました

“駒ヶ根市の鉄道100年”記念事業における飯田線シミュレーター運転体験イベントは無事終了いたしました。 ファイル 95-1.jpg 北部飯田線の飯田~辰野間のほぼ中間、北から大田切・駒ヶ根・小町屋・伊那福岡の駒ヶ根市内4駅が伊那電気鉄道の駅として開業した1914年10月からちょうど100年。なんと赤レンガの東京駅とほぼ同時期の開業なんですね。鉄道の日至近の連休である10月12~13両日に駒ヶ根駅前ビル「アルパ」にて、拙作の119系型運転台を持ち込んでの開催となりました。路線データも制作がほぼ一段落している区間が使えたため好都合、市内の皆様には馴染みの深いところを運転していただけたと思います。 ファイル 95-2.jpg  機材は基本的には昨年春に行われた伊那市創造館での運転体験時を踏襲していますが、運転台の前面3画面化、メーター用モニタの高解像度・広視野角化、情報表示のサブモニタ設置、音響機材の総入れ替え…などなど、各部の改良を行っています。更に大きな目玉として、ブレーキ弁のアナログ化もプラグイン・プログラム類を担当するRock_onさんの多大な協力により完了。アナログと言ってもPCで処理している限りデジタルなのは当然ですが、セルフラップ帯を160段にまで分割して認識しているため操作の感覚は完全にアナログ。私が製作するハード側の作業が遅れ気味だったため試運転=イベント本番のような状態になってしまいましたが、どれだけ素早く払ったりしても取りこぼしなどのエラーは起こさず、極めて安定した動作をしておりました。博物館施設でもここまで高精度なものは中々無いと思いますので、電直ブレーキファンの皆様は次回の運転会等を楽しみにしてくださいね。 ファイル 95-16.jpg  情報モニタはそもそも運転画面内に非リアルを持ち込みたくない、しかしイベントともなるとビギナー向けの補助表示はあったほうが望ましい…ということで別モニタに表示してみたのですが、結果的にはみなさん運転操作に必死でそこまで見る余裕があったかどうか…。実車の後付TIMSのように運転台の見やすいところに設置するほうが良いかもしれませんが、119系というモチーフを考えると悩むところです。 ファイル 95-4.jpg  音響の品質も以前から気になっていたのですが、従来使用していたコンパクトなPC用サラウンドセットでは広い会場の見学席まで音を飛ばすほどの音圧が無いこと、また安価なスピーカーでは高音域の音質が貧弱なため、せっかく高音質で録音されたサウンドデータを活かし切れていないことから、思い切った投資をして機材を入れ替え、それなりのスピーカーをAVアンプで駆動させるようにしました。 ファイル 95-7.jpg  運転体験そのものは伊那市の時と同じく事前募集制で両日合わせて31名、お一人あたり約20分の運転時間としました。運転区間を短くしてより多くの人に楽しんでもらう選択肢もありますが、操作の感覚が掴めず何が何だか分からないうちに終了してしまうのでは面白くありませんし、博物館施設とは違う楽しみを提供したいというのもあります。結果としては地方都市のキャパシティでは30名程度というのが程良い募集人数で、偶然ですがピッタリ過不足なく応募いただきご来場下さいました。多くは駒ヶ根市を中心とした沿線の方、一部遠方からいらしてくださる方もいらっしゃいました。 ファイル 95-5.jpg  お客は小学生から大人の方まで老若男女様々ですが、いちばん厚いのは小学生の層で、これは鉄道イベントの常ですね。しかし驚いたのは女の子の比率が結構多いこと。親御さんに勧められて嫌々…というわけではなく、待っている間も熱心に運転マニュアルを読んでくれている子、ビックリするくらいスジの良い子もいて驚かされました。 ファイル 95-6.jpg  もちろん男の子も負けていません。最初はおっかなびっくり言われるがままにハンドルを動かすのが精一杯だったみなさんも、最後の方では自分なりの操作でしっかり運転できていました。これからの将来、鉄道に関係する仕事に就くか、鉄道の趣味を続けていくか、それは誰にもわかりませんが、この日が少しでもみなさんの思い出に残ってくれたら嬉しいですね~。 ファイル 95-10.jpg  子供ばかりに任せちゃおられんと、マイマスコンキー&ブレーキハンドル、手書き線路図持参で登場するツワモノも! 実はこの方、去年の伊那市創造館でのイベントにもいらした常連さん。  ソフト・ハードの両面でシミュレータ独自の癖は今回の改修で潰しているため、基本的な扱いをご存知の方なら違和感なく運転できるよう仕上がっています。私は特に口を挟むこともなく、難なく運転される様子をボケ~っと眺めておりました。視認性の悪い小町屋駅に高速区間から一気に停めるところも、回復運転のため物凄い突っ込み気味で見事停車。作ってばかりで運転が下手な私からすると驚愕のハンドル捌きでした。 ファイル 95-9.jpg  夢中で楽しんでくださる皆さんを見ていると2日間はあっという間で、もっと長期に渡って開催したくなりますが、実際には自分の喉も体力も2日が限界。もっと頻繁にできないかとの声もありますが、輸送手段や準備撤収を含め数日間仕事を休む段取り、会場の融通や各種経費を考えると、やはり沿線自治体のお声が掛からないと難しいかな、というのが実情です。  今のところこちら側から何らかの働きかけをすることは考えていませんが、いつお声がかかっても良いように機材・データのグレードアップは欠かさぬよう継続していきます。 ファイル 95-11.jpg ファイル 95-12.jpg ファイル 95-13.jpg ファイル 95-15.jpg ファイル 95-3.jpg ファイル 95-8.jpg ファイル 95-22.jpg  運転イベントといえばもうひとつ、もはや恒例となりました「大阪運転オフ会」も6月に開催しました。  第1・2回は大阪市内でビル内の貸部屋にて行いましたが、部屋のキャパと機材の移動に限界を感じたため、3回目の今回は自宅近くで50畳の和室を借りることとなりました。 ファイル 95-24.jpg  場所の余裕が出来たのでHey氏のJR西タイプコントローラーは40インチの大画面とセットで登場、拙作の119系型運転台はいつも通りですが、さらに新たな汎用運転環境のご提案としてウルトラワイドモニタ(シネマスクリーン比)をメーター表示に使用した運転環境を出展しました。これで3台同時に遊べるようになり、プレイ待ちの中だるみ感は無かったのではないかと思います。   ファイル 95-25.jpg  およそ50人の参加者はブッチギリで過去最多。全員が同時に会場内に居ることはありませんし、多客時は常連さんが乗り鉄に出かけるなどお気遣いをいただいているため特別混雑している印象はありませんが、受付事務や食事の段取り、トラブル対応など細かいソフト面のサービスを考えるとこのあたりが限界かな、と思います。  第1・2回は「仲間内の集まり」色が強く、テキトーにやってても誰かが上手いことやってくれる感じがあったのですが、お初にお目にかかる方が大勢いらっしゃるとそういう訳にもいかず、また夜間を含む二日間まるまるの開催ですから寝る時間も考慮すると、どう転んでも個人で運営する限界が見えてきました。 ファイル 95-23.jpg  そうしたキャパシティの事情に、私個人の「イベント直前の気分がノッている時期に制作を進めたい」というワガママも加えた結果、来年以降は運営委員会を組織してもらい、私はあくまでも機材とデータを提供する立場へと一歩退かせていただこうと考えております。   ファイル 95-21.jpg そもそも運転会とは、いつものオフ会(飲み会)で作者陣とプレイヤーが話題上で分離気味…というよりプレイヤーが孤立しがちで、これを何とか打破できないか、同じ場で一緒になって楽しむことができないかと始めたもので、オフ会の上位ではなく、あくまでオフ会の入り口に位置するものであってほしいと思います。今後の細かな運営方針は委員会の皆様に決めていただくことになりますので従来とは異なる部分も出てくると思いますが、この原則は維持していただきたいと願っています。 ファイル 95-18.jpg ファイル 95-19.jpg ファイル 95-20.jpg    ファイル 95-17.jpg

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